・・・この子供は長男に比べると、何かに病気をし勝ちだった。それだけに不安も感じれば、反対にまた馴れっこのように等閑にする気味もないではなかった。「あした、Sさんに見て頂けよ」「ええ、今夜見て頂こうと思ったんですけれども」自分は子供の泣きやんだ後、・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・蟹の死んだ後、蟹の家庭はどうしたか、それも少し書いて置きたい。蟹の妻は売笑婦になった。なった動機は貧困のためか、彼女自身の性情のためか、どちらか未に判然しない。蟹の長男は父の没後、新聞雑誌の用語を使うと、「飜然と心を改めた。」今は何でもある・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・昨十八日午前八時四十分、奥羽線上り急行列車が田端駅附近の踏切を通過する際、踏切番人の過失に依り、田端一二三会社員柴山鉄太郎の長男実彦(四歳が列車の通る線路内に立ち入り、危く轢死を遂げようとした。その時逞しい黒犬が一匹、稲妻のように踏切へ飛び・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・……長男となれば、日本では、なんといってもお前にあとの子供たちのめんどうがかかるのだから……」 父の言葉はだんだん本当に落ち着いてしんみりしてきた。「俺しは元来金のことにかけては不得手至極なほうで、人一倍に苦心をせにゃ人並みの考えが・・・ 有島武郎 「親子」
・・・こういう性質をもって、私の家のような家に長男に生まれた私だから、自分の志す道にも飛躍的に入れず、こう遅れたのであろうと思う。 父は長男たる私に対しては、ことに峻酷な教育をした。小さい時から父の前で膝をくずすことは許されなかった。朝は冬で・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・―それ、しも手から、しゃっぽで、袴で、代書代言伊作氏が縁台の端へ顕われるのを見ると、そりゃ、そりゃ矢藤さんがおいでになったと、慌しく鬱金木綿を臍でかくす……他なし、書画骨董の大方を、野分のごとく、この長男に吹さらわれて、わずかに痩莢の豆ばか・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・――で、赤鼻は、章魚とも河童ともつかぬ御難なのだから、待遇も態度も、河原の砂から拾って来たような体であったが、実は前妻のその狂女がもうけた、実子で、しかも長男で、この生れたて変なのが、やや育ってからも変なため、それを気にして気が狂った、御新・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・君は先年長男子を失うたときには、ほとんど狂せんばかりに悲嘆したことを僕は知っている。それにもかかわらず一度異境に旅寝しては意外に平気で遊んでいる。さらばといって、君に熱烈なある野心があるとも思えない。ときどきの消息に、帰国ののちは山中に閑居・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・黙示は今度は彼に臨まずして彼の子に臨みました、彼の長男をフレデリック・ダルガスといいました。彼は父の質を受けて善き植物学者でありました。彼は樅の成長について大なる発見をなしました。 若きダルガスはいいました、大樅がある程度以上に成長しな・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・ これは、私にとって、特殊的な場合でありますが、長男は、来年小学校を出るのですが、図画、唱歌、手工、こうしたものは自からも好み、天分も、その方にはあるのですが、何にしても、数学、地理、歴史というような、与えられたる事実を記憶したりする学・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
出典:青空文庫