・・・思想家としてのマルクスの功績は、マルクス同様資本王国の建設に成る大学でも卒業した階級の人々が翫味して自分たちの立場に対して観念の眼を閉じるためであるという点において最も著しいものだ。第四階級者はかかるものの存在なしにでも進むところに進んで行・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・キン、マルクスたちのおもな功績はどこにあるかといえば……第四階級以外の階級者に対して、ある観念と覚悟とを与えた点にある……資本王国の大学でも卒業した階級の人々が翫味して自分たちの立場に対して観念の眼を閉じるためであるという点において最も苦し・・・ 有島武郎 「片信」
・・・が、同じ月、同じ夜のその命日は、月が晴れても、附近の町は、宵から戸を閉じるそうです、真白な十七人が縦横に町を通るからだと言います――後でこれを聞きました。 私は眠るように、学校の廊下に倒れていました。 翌早朝、小使部屋の炉の焚火に救・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・が、伊藤八兵衛の智嚢として円転滑脱な才気を存分に振ったにしろ、根が町人よりは長袖を望んだ風流人肌で、算盤を持つのが本領でなかったから、維新の変革で油会所を閉じると同時に伊藤と手を分ち、淡島屋をも去って全く新らしい生活に入った。これからが満幅・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・按摩の笛の音と、此の飴売の太鼓の音をかわる/″\聞きながら、私は、床の中に横わって眼を閉じる。溪川の香が近く、遠く幽かに耳について遠いところへ来てゐるという感じがせられた。 渋には、まだしも物売る店がある。郵便局がある。理髪店がある・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
・・・そして、ついに目を閉じるときがきました。 女は、この世を去ったのです。けれど、霊魂は女の念じたように、あの世へゆく旅に上りました。 女は、長い道を歩きました。うららかに日が当たって、野も、山も、かすんで見えました。夢の国の景色をなが・・・ 小川未明 「ちょうと三つの石」
・・・どこの銀行でも店を閉じるという午後の三時までには、まだ時の余裕があった。私はその日のうちに四人の兄妹に分けるだけのものは分け、受け取った金の始末をしてしまいたいと思った。そこは人通りの多い町中で、買い物にも都合がいい。末子は家へのみやげにと・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・寝しずまったころ、三十歳くらいのヘロインは、ランタアンさげて腐りかけた廊下の板をぱたぱた歩きまわるのであるが、私は、いまに、また、どこか思わざる重い扉が、ばたあん、と一つ、とてつもない大きい音をたてて閉じるのではなかろうかと、ひやひやしなが・・・ 太宰治 「音に就いて」
・・・眼を閉じるとさまざまの、毛の生えた怪獣が見える。なあんてね。笑いながら厳粛のことを語る。と。「笠井一」にはじまり、「厳粛のことを語る。と。」にいたるこの数行の文章は、日本紙に一字一字、ていねいに毛筆でもって書きしたためられ、かれの書斎の・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・こうしてペンを握ったまま、目を閉じると、からだがぐいぐい地獄へ吸い込まれるような気がして、これではならぬと、うろうろうろうろ走り書きしたるものを左に。 日本文学に就いて、いつわりなき感想をしたためようとしたのであるが、はたせるかな、・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
出典:青空文庫