・・・ 婆さんは水口の腰障子を開けると、暗い外へ小犬を捨てようとした。「まあ御待ち、ちょいと私も抱いて見たいから、――」「御止しなさいましよ。御召しでもよごれるといけません。」 お蓮は婆さんの止めるのも聞かず、両手にその犬を抱きと・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ 小屋の戸を開けると顔向けも出来ないほど雪が吹き込んだ。荷を背負って重くなった二人の体はまだ堅くならない白い泥の中に腰のあたりまで埋まった。 仁右衛門は一旦戸外に出てから待てといって引返して来た。荷物を背負ったままで、彼れは藁繩の片・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・恐れない者の前に道は開ける。 行け。勇んで。小さき者よ。 有島武郎 「小さき者へ」
・・・お傍医師が心得て、……これだけの薬だもの、念のため、生肝を、生のもので見せてからと、御前で壺を開けるとな。……血肝と思った真赤なのが、糠袋よ、なあ。麝香入の匂袋ででもある事か――坊は知るまい、女の膚身を湯で磨く……気取ったのは鶯のふんが入る・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・……亡きあとでも、その常用だった粗末な手ぶんこの中に、なおざりにちょっと半紙に包んで、といけぞんざいに書いたものを開けると、水晶の浄土珠数一聯、とって十九のまだ嫁入前の娘に、と傍で思ったのは大違い、粒の揃った百幾顆の、皆真珠であった。 ・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・八百屋お七は家を焼いたらば、再度思う人に逢われることと工夫をしたのであるが、吾々二人は妻戸一枚を忍んで開けるほどの智慧も出なかった。それほどに無邪気な可憐な恋でありながら、なお親に怖じ兄弟に憚り、他人の前にて涙も拭き得なかったのは如何に気の・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・議会の開けるまで惰眠を貪るべく余儀なくされた末広鉄腸、矢野竜渓、尾崎咢堂等諸氏の浪花節然たる所謂政治小説が最高文学として尊敬され、ジュール・ベルネの科学小説が所謂新文芸として当時の最もハイカラなる読者に款待やされていた。 二十五年前には・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・その留守中は淋しそうにションボリして時々悲しい低い声を出して鳴いていたが、二葉亭が帰って来て格子を開けると嬉しそうに飛付き、框に腰を掛けて靴を脱ごうとする膝へ飛上って、前脚を肩へ掛けてはベロベロと頬ぺたを舐めた。「こらこら、そんな所為をする・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・のぶ子は、熱心に、母が、箱を開けるのをながめていました。やがて、包みが解かれると、中から、数種の草花の種子が出てきたのであります。 その草花の種子は、南アメリカから、送られてきたのでした。「きっと、美しい花が咲くにちがいない。」と、みん・・・ 小川未明 「青い花の香り」
・・・となおも苛めにかかったが、近所の体裁もあったから、そのくらいにして、戸を開けるなり、「おばはん、せせ殺生やぜ」と顔をしかめて突っ立っている柳吉を引きずり込んだ。無理に二階へ押し上げると、柳吉は天井へ頭を打っつけた。「痛ア!」も糞もあるもんか・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
出典:青空文庫