・・・拍子抜とも、間抜けとも。……お前さん、近所で聞くとね、これが何と……いかに業体とは申せ、いたし方もこれあるべきを、裸で、小判、……いえさ、銀貨を、何とか、いうかどで……営業おさし留めなんだって。…… 出がけの意気組が意気組だから、それな・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ええ、間抜けな、ぬたばかり。これえ、御酒に尾頭は附物だわ。ぬたばかり、いやぬたぬたとぬたった婦だ。へへへへへ、鰯を焼きな、気は心よ、な、鰯をよ。」 と何か言いたそうに、膝で、もじもじして、平吉の額をぬすみ見る女房の様は、湯船へ横飛びにざ・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ というのがね、先刻お前さんは、連にはぐれた観光団が、鼻の下を伸ばして、うっかり見物している間抜けに附合う気で、黙ってついていてくれたけれど、来がけに坂下の小路中で、あの提灯屋の前へ、私がぼんやり突立ったろう。 場所も方角も、まるで・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・私はもうわれを忘れていました。今想いだしてもなつかしく、また恥しいくらい。 文子は三日いて客といっしょに大阪へ帰った。私は間抜けた顔をして、半月余りそわそわと文子のことを想っていましたが、とうとうたまりかねて大阪へ行きました。そして宗右・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・なぜこのことにもっと早く気がつかなかったか、間抜けめとみずから嘲った。けれども、結婚は少くとも校長級の家の娘とする予定だった。写本師風情との結婚など夢想だに価しなかったのだ。わずかに、お君の美貌が軽部を慰めた。 某日、軽部の同僚と称して・・・ 織田作之助 「雨」
・・・しかし、私とてももし若い異性を連れて歩く時は、やはり間抜けた顔をするかも知れない。そう思えば、老衰何ぞ怖るるに足らんや。しかし、顔のことに触れたついでに言えば、若いのか年寄りなのかわからぬような顔は、上乗の顔ではあるまい。それを思うと、私は・・・ 織田作之助 「髪」
・・・と言ったのを、私は間抜けた顔で想い出し、ますます今夜は危なそうだった。赤い色電球の灯がマダムの薩摩上布の白を煽情的に染めていた。 閉店時間を過ぎていたので、客は私だけだった。マダムはすぐ酔っ払ったが、私も浅ましいゲップを出して、洋酒棚の・・・ 織田作之助 「世相」
・・・なんて気の利かない、間抜けた人だろうと、一晩中眉をひそめていた。 しかし、その次会うた時はさすがにこの前の手抜かりに気がついたのか、まず夕飯に誘って下すった。あらかじめ考えて置いたのだろう、迷わずにすっと連れて行って下すったのは、冬の夜・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ 小沢は間抜けた顔をして、芸もなくなっていたが、やがて口をひらくと、「本当に、何をされても平気なのか。僕がどんなことをしても、怒らないのか」 娘は黙ってうなずくと、そっと小沢の方へ寄り添うて来た。 小沢は身動きもしなかった。・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ ちょっと見には、つんとしてなにかかげの濃い冷い感じのある顔だったが、結局は疳高い声が間抜けてきこえるただの女だった。坂田のような男に随いて苦労するようなところも、いまにして思えば、あった。 あれはどないしてる? どないにして暮らし・・・ 織田作之助 「雪の夜」
出典:青空文庫