・・・颱風中心の進行速度と、風の速度とを間違えて平気でいる人もなかなか多いようである。これは人々の心がけによることであるが、しかし大体において学校の普通教育ないし中等教育の方法に重大な欠陥があるためであろうと想像される。これに限ったことではないが・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・ そこでネ、人のためにするという意味を間違えてはいけませんよ。人を教育するとか導くとか精神的にまた道義的に働きかけてその人のためになるという事だと解釈されるとちょっと困るのです。人のためにというのは、人の言うがままにとか、欲するがままに・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・私の書いた小説なども雑誌に出ますが、それをいうのじゃない。間違えられては困る。それ以外のもので、文壇の偉い人の書いたものは大抵偉いのです。決して悪いものじゃありません。西洋のものに比べてちっとも驚くに足らぬ。唯竪に読むと横に読むだけの違いで・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・どっちもすずめなもんだからつい間違えてね。ハッハッハ。よう。ビチュコ。おい。ビチュコ、そこの穴うめて呉れ。いいかい。そら、投げるよ。ようし来た。ああ、しまった。さあひっぱって呉れ。よいしょ。」・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・ あっちが英国さ、ここはもう地球の頂上だからどっちへ行くたって近いやね、少し間違えば途方もない方へ降りちまうよ。あっち? あっちが英国さ。』なんてほんとうに威張ってるんだ。僕たちはもう殆んど東の方へ東の方へと北極を一まわりするようになるんだ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ そのために母親は、自分の都合でばかり子供を叱らず、忙しくても辛抱して、とっくりと子供の言い分をきいてやり、親の思いちがいであったならば、さっぱりと、母さんが間違えていてわるかったね、ごめんよ、と云ってやることが大切です。こういう親・・・ 宮本百合子 「新しい躾」
・・・そして、最後に今朝買って来た紙包をとり出した彼女は、せかせか言葉を間違えたり、つかえたりしながら云った。「あのね、これはちっともよくないんだけれど、平常着になるような羽織地だからね。――どこへ行ったって其じゃあ働けないから。……縫って著・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・玉子を持って一太が転んだり、値段を間違えたりするといけないからであった。こうと思う家の前へ来ると、ちょっと手前でツメオは一太にしっかり風呂敷包みを持たせた。片方は黄色の風呂敷で、片方は赤い更紗であった。黄色い方には一つ八銭の玉子だけ、赤い方・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・けれども、自分は出来る丈の親切と、よいと思う事をしてあげているのに、若しかすると政子さんは、自分の志を間違えて考えているのかもしれないと云うことが、芳子さんの心を苦しめます。 芳子さんは、お饒舌ではありませんでしたから、お友達の誰にもそ・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・五 告白の欲望はともすれば直ちに製作衝動と間違えられる。もとより体験の告白を地盤としない製作は無意義であるが、しかし告白は直ちに製作ではない。告白として露骨であることが製作の高い価値を定めると思ってはいけない。けれどもまた告・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫