・・・森のまた、帰る方の道には、腕関節からはすかいに切り落された手や、足の這入った靴が片方だけ、白い雪の上に不用意に落されてあった。手や足は、靴と共にかたく、大理石の模型のように白く凍っていた。 日本軍が捕虜を殺したのではない。しかし、暴虐に・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・次郎兵衛はいろいろと研究したあげく、こぶしの中に親指をかくしてほかの四本の指の第一関節の背をきっちりすきまなく並べてみた。ひどく頑丈そうなこぶしができあがった。このきっちり並んだ第一関節の背で自分の膝頭をとんとついてみると、こぶしは少しも痛・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・手首の関節が完全に柔らかく自由な屈撓性を備えていて、きわめて微妙な外力の変化に対しても鋭敏にかつ規則正しく弾性的に反応するということが必要条件であるらしい。もちろんこれに関してはまだ充分に科学的な研究はできていないからあまり正確な事は言われ・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・この思い出を書いている老書生の左手の薬指の第一関節が二十度ほど横に曲がってしまったのはその時代の記念である。先日彼がその話をある友人に持ちだしたら僕もそうだといって彼以上にいっそうひどく曲がった薬指を見せて互いに苦笑した。 彼が高等・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
・・・ 寝ていると、眼は益々冴えてくるし、手や足の関節が、ボキボキと音がして、日向におっぽり放しの肥料桶みたいに、ガタガタにゆるんで、タガがはずれてしまうように感じられた。――起きて縄でもないてぇ、草履でもつくりてぇ、――そう思っても、孝行な・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・ぞあてがいける、思えらく能者筆を択ばず、どうせ落ちるのだから車の美醜などは構うものかと、あてがわれたる車を重そうに引張り出す、不平なるは力を出して上からウンと押して見るとギーと鳴る事なり、伏して惟れば関節が弛んで油気がなくなった老朽の自転車・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・ひどく殴りつけられた後のように、頭や、手足の関節が痛かった。 私はそろそろ近づいた。一歩々々臭気が甚しく鼻を打った。矢っ張りそれは死体だった。そして極めて微かに吐息が聞えるように思われた。だが、そんな馬鹿なこたあない。死体が息を吐くなん・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・新しい現実にふさわしくしなやかで、機能の高い関節をどんなにふやすことができただろうか。まけおしみぬきで、事実を事実として見るならば、民主的文学運動におけるこの地点には、思いのほかの地すべりがある。 太宰治の死に際して、受動的な形であらわ・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・腱がしっかりしていて太いので、関節の大さが手足の大さと同じになっています。足一本でいつまでも立っていて、も一つの足を直角に伸ばしていられる位、丈夫なのです。丁度地に根を深く卸している木のようなのですね。肩と腰の濶い地中海の type とも違・・・ 森鴎外 「花子」
・・・秋三は堅い柴を折るように、膝頭で安次の手足の関節をへし折った。そして、棺を立てると身体はごそりと音を立てて横さまに底へ辷った。 秋三は棺を一人で吊り上げてみた。「此奴、軽石みたいな奴や。」「そやそや、お前今頃から棺桶の中へ入れた・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫