・・・津浪の如くに押寄せる外来思想は如何なる高い防波堤をも越して日一日も休みなく古い日本の因襲の寸を削り尺を崩して新らしい文明を作りつつある。この世界化は世界の進歩の当然の道程であって、民族の廃頽でもなければ国家の危険でもないのである。 イツ・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・黒く濡れた防波堤が現われる。その尖端に、白い燈台が立っている。もはや、河口である。これから、すぐ日本海に出るのだ。ゆらりと一揺れ大きく船がよろめいた。海に出たのである。エンジンの音が、ここぞと強く馬力をかけた。本気になったのである。速力は、・・・ 太宰治 「佐渡」
始めてこの浜へ来たのは春も山吹の花が垣根に散る夕であった。浜へ汽船が着いても宿引きの人は来ぬ。独り荷物をかついで魚臭い漁師町を通り抜け、教わった通り防波堤に沿うて二町ばかりの宿の裏門を、やっとくぐった時、朧の門脇に捨てた貝・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・その上防波堤へ上がって、砂ぶかい汽車や電車の軌道ぞいの往来へあがってみると、高台の方には、単調な松原のなかに、別荘や病院のあるのが目につくだけで、鉄拐ヶ峰や一の谷もつまらなかった。私は風光の生彩をおびた東海の浜を思いださずにはいられなかった・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・東京湾の沖に出てチヌ釣りしたときよりも、やはり防波堤の中の浅いところでイイダコ釣りしたのが面白かった。このときは白ネギを使った。 エモノのタコを東京に持って帰り、友人の宇野逸夫に話したところ、彼は自分の故郷では、イイダコは赤い色のついた・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・川ふちを、一匹黒い犬が嗅ぎ嗅ぎやって来た。防波堤の下に並んで日向ぼっこをしながら、篤介がその犬に向って口笛を吹いた。犬は耳を立て此方を見たが、再び急がしそうに砂に鼻先をすりつけつつ波打ちぎわへ駆け去った。「あら、一寸こんな虫!」 陽・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・何故ならイギリスは彼らに対抗する最後の防波堤だからだ」と。フランスやドイツの人民は、今日の壊滅におちいった心理的な原因として、二つの国の間にある、伝統的なさまざまの偏見を、戦争商売人に利用されたのだった。日本の人民が明治二十七八年の戦争以来・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第八巻)」
・・・佐和子は、妹と並んで防波堤兼網乾し場の高いコンクリートのかげで、日向ぼっこをしていた。正月に、漁師たちが大焚火でもしてあたりながら食べたのだろう、蜜柑の皮が乾からびて沢山一ところに散らかっているのが砂の上に見えた。砂とコンクリートのぬくもり・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
出典:青空文庫