・・・扇谷定正が水軍全滅し僅かに身を以て遁れてもなお陸上で追い詰められ、漸く助友に助けられて河鯉へ落ち行く条にて、「其馬をしも船に乗せて隊兵――」という丁の終りまではシドロモドロながらも自筆であるが、その次の丁からは馬琴のよめの宗伯未亡人おミチの・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ 船がだんだん磯に近づくにつれて陸上の様子が少しは知れて来た。ここはかねて聞いていたさの字浦で、つの字崎の片すみであった。小さな桟橋、桟橋とは言えないのが磯にできている。船をそれに着けてわれらみんな上陸した。 たった一軒の漁師の家が・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・を読み終って、これが、新聞への通信ということに制約されたにもよるのだろうが、戦闘ばかりでなく、戦闘から戦闘への間の無為にすごすその間のこと、陸上との関係、占領した旅順や大連の風物、偵察等を書きながら、しかも、単純で、喰い足りない印象を受ける・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・夜間は陸上の空気が海上のものよりも著しく冷却するから、これと反対の過程が行なわれて、上層では海のほうから陸へ、下層では陸から海へ微風が吹く、これがいわゆる陸風である。 これはすでによく知られた事実である。 上層と下層とで風向きが反対・・・ 寺田寅彦 「海陸風と夕なぎ」
・・・しかし、こうして人間に慣れ過ぎて水を離れた陸上をうろついていると、いつかはまたどこかの飼い犬か以前の黒犬かが来て一口にかみ殺すようなことになるかもしれない。そういう機会を多くするようにわれわれ人間が仕組んでいるのではないかという疑いも起こっ・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・また船が進水した時に気温と水温との差違のために意外な応力を生じる。これも以前には誰も詳しく研究したものがなかったのを末広君が初めて正当な解釈を与えた。また陸上では起らぬようなタービンの故障が舶用タービンでしばしば起るのはタービン・ディスクの・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・ 夜久しぶりで動かない陸上の寝室で寝ようとすると、窓の外の例の中庭の底のほうから男女のののしり合う声が聞こえて来て、それが妙に気になって寝つかれなかった。ことに女の甲高なヒステリックな声が中庭の四方の壁に響けて鳴っていた。夫婦げんかでも・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・日本の本土はだいたいにおいて温帯に位していて、そうして細長い島国の両側に大海とその海流を控え、陸上には脊梁山脈がそびえている。そうして欧米には無い特別のモンスーンの影響を受けている。これだけの条件をそのままに全部具備した国土は日本のほかには・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・ 十一月号の『漁村』には、各県の漁業の合理化の方策がのせられていて、婦人に関する項目として、陸上の仕事はなるたけ婦人にさせること、日常生活の合理化を教え、衛生、育児の知識を授けること、女子漁民道場をこしらえて漁村婦女の先駆者たらしめるこ・・・ 宮本百合子 「漁村の婦人の生活」
・・・十日にきめようとして新聞の世論調査を動員し、旧式な反民主的な婦人運動者たちまでを動員した政府は、世界平和大会やアジア婦人大会への代表の旅券は与えないで、おかいどりを着た田中絹代のために許可を与えたり、陸上競技の宮下美代子の国際オリンピック出・・・ 宮本百合子 「婦人デーとひな祭」
出典:青空文庫