・・・あの、黒い山がむくむく重なり、その向うには定めない雲が翔け、渓の水は風より軽く幾本の木は険しい崖からからだを曲げて空に向う、あの景色が石の滑らかな面 洋傘直しは石を置き剃刀を取ります。剃刀は青ぞらをうつせば青くぎらっと光ります。 そ・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
霧がじめじめ降っていた。 諒安は、その霧の底をひとり、険しい山谷の、刻みを渉って行きました。 沓の底を半分踏み抜いてしまいながらそのいちばん高い処からいちばん暗い深いところへまたその谷の底から霧に吸いこまれた次の峯・・・ 宮沢賢治 「マグノリアの木」
・・・ 窓の傍に立ったりじいっと部屋の中央に立ちはだかったりして険しい眼附をして一人でプンプンして居た。 母等も初めは、いかにも五月蠅そうに、「何て事ったろうねえ。とか、「ほんとにまあ困りものだ。などと云っ・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・ 一番の兄は、自分の失敗に険しい目をして弟共をにらみながら次から次と出す椀の中になげたけれ共額の大きな子はまだきかない。「お前の方が、ふとってらあ。と云って兄の膝の前の椀からその太った円い一片を箸の先に刺そうとした。・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・一寸目を通すとすぐ険しい目差しをして読むのをやめる。老人 いずこからでござりますの、めったに見ぬ紋章でござりますのう。が、もう幾度も見たので忘れて居るのかもしれませぬが。王 何! わしの家来のフランコニア公からよこいたのじゃ。・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫