・・・ と早田が口添えするにもかかわらず、彼らはあてこすりのように暗い隅っこを離れなかった。彼は軽い捨て鉢な気分でその人たちにかまわず囲炉裡の横座にすわりこんだ。 内儀さんがランプを座敷に運んで行ったが、帰って来ると父からの言いつけを彼に・・・ 有島武郎 「親子」
・・・市内新聞の隅っこに三行広告も見うけられ、だんだんに売れだした。売れてみると、薬九層倍以上だ。 たちまち丹造の欲がふくれて、肺病特効薬のほか胃散、痔の薬、脚気良薬、花柳病特効薬、目薬など、あらゆる種類の薬の製造を思い立った。いわば、あれで・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・でも昨今は彼女も諦めたか、昼間部屋の隅っこで一尺ほどの晒しの肌襦袢を縫ったり小ぎれをいじくったりしては、太息を吐いているのだ。 何しろ、不憫な女には違いない。昨年の夏以来彼女の実家とは義絶状態になっていたのだが、この一月中旬突然彼女の老・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・でもなかなか隅っこにおけんのや。何しろ胡蝶さんが、あの人に附文をしたんですさかえ」「胡蝶は僕も一番芸者らしい女だと思う」「神田で生れたんですもの。なかなか気前のいい妓や。延若を喰わえだして、温泉宿から電報で家へお金を言ってこようとい・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ そんな風だから、学校へいってもひとりでこっそりと運動場の隅っこで遊んでいたし、友達もすくなかった。学問は好きだったから出来る方の組で、副級長などもやったことがあるが、何しろ欠席が多かったから、十分には勤まらない。先生はどの先生も私を可・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・「薄暗い隅っこで若僧といちゃついてる!」 ルイジョフは、居合わせる多勢の労働者に向って叫んだ。「見たんだ! 俺は自分で見たんだ! これが、正しいっていうのか? え?」 インガは、予期しない光景に驚いている皆の前で自制を失わず・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・彼女が、ここに置いたと思い定めて居た細々したものが、ここにはなくて案外な隅っこで見つかることはこれ迄も珍しくなかった。愛は立ち上り乍ら「どこだろう……」と、自信のない独言をした。然し、確に昨夜、食事に小幡をこの部屋へ案内する前、雑誌・・・ 宮本百合子 「斯ういう気持」
・・・どんな小さい隅っこの職場に働いている労働者も、社会主義社会の建設のために自分が無関係ではないことを前にもまして自覚した。厳密な階級的批判が全同盟内で、新たな勢をもりかえした。 ソヴェトの作家たちは、ロシア・プロレタリア作家連盟を中心とし・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・窓から見ていると、友達にトタン塀の隅っこへおしつけられた二年生ぐらいの男の子がベソをかいて、何か喋っていることなどがあります。下の八畳も二階も、それはよく日が当って、実にからりとした私たちに似合った家です。家賃三十円也。井戸だし、少し不便だ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・いつも室の隅っこに放り出してある。 真岡浴衣に兵児帯姿の自分は、こっそりその机をかかえこみ、二畳の妙な小室へ引っこんだ。ツルツルの西洋紙を、何枚も菊半截ぐらいの大さに切って木炭紙へケシの花を自分で描いて表紙とし、桃色の布でとじた。そこへ・・・ 宮本百合子 「「処女作」より前の処女作」
出典:青空文庫