・・・世間の者どもは全部、力を集中してこの鬼一匹を追い廻しているのだ。もはや、それこそ蜘蛛の巣のように、自分をつかまえる網が行く先、行く先に張りめぐらされているのかも知れぬ。しかし、自分にはまだ金がある。金さえあれば、つかのまでも、恐怖を忘れて遊・・・ 太宰治 「犯人」
・・・下のほうからカメラを上向けに、対眼点を高くしてとったために三人の垂直線が互いに傾き合って天の一方に集中しようとした形に現われ、しかも三人の頭が画面の上端に接近しているのでいっそう不思議な効果を呈するのである。これが単にちょっと一風変わった構・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・その上に、人種の上から考えても、灰色の昔から、日のいずる方を求めて世界のあらゆる方面から自然にこの極東の島環国に集中した種族の数は決して二通りや三通りでなかったであろうということは、われわれの周囲の人々の顔の中にギリシア型、ローマ型、ユダヤ・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・あの大きな口の中の造作でも、それが大写しになってそれだけになって現われるときに始めて吾々は十分な注意をそれに集中することが出来るのである。それは外に注意を牽制すべき何物もないからである。それだからたとえ手近に動物園がある場合でも動物園の映画・・・ 寺田寅彦 「教育映画について」
・・・というものはよほど特別に八雲氏の幻想に訴えるものが多かったと見えて、この集中にも、それの素描の三つのヴェリエーションが載せられている。その一つは夫人、もう一つは当時の下婢の顔を写したものだそうである。前者の口からかたかなで「ケタケタ」という・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・平生之を怠っていながら、一旦同書が現代文学全集中に転載せらるると見るや、奇貨居くべしとなし、俄に版権侵害の賠償を請求するが如きは貪戻言語に絶するものである。それにも係らず黙々として僕は一語をも発せず万事を山本さんに一任して事を済ませたのは、・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・しばらく視覚の意識と眼球の作用を混同して云うと、昔し分化作用の行われぬうちは視力は必ずしも眼球に集中しておらなかったろう。私も遠い昔では、からだ全体で物を見ていたかも知れぬ、あるいは背中で物を舐めていたかも知れぬ。眼耳鼻舌と分業が行われ出し・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・は、その惑溺の最中に書いた抒情詩の集編であり、したがつてあのショーペンハウエル化した小乗仏教の臭気や、性慾の悩みを訴へる厭世哲学のエロチシズムやが、集中の詩篇に芬々として居るほどである。しかし僕は、それよりも尚多くのものをニイチェから学んだ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・単に建物ばかりでなく、町の気分を構成するところの全神経が、或る重要な美学的意匠にのみ集中されていた。空気のいささかな動揺にも、対比、均斉、調和、平衡等の美的法則を破らないよう、注意が隅々まで行き渡っていた。しかもその美的法則の構成には、非常・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・〔『日本』明治三十二年三月二十六日〕『古今集』以後今日に至るまでの撰集、家集を見るに、いずれも四季の歌は集中の最要部分を占めて、少くも三分の一、多きは四分の三を占むるものさえあり。これに反して四季の歌少く、雑の歌の著く多きを『万葉集・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
出典:青空文庫