一 雑嚢を肩からかけた勇吉は、日の暮れる時分漸く自分の村近く帰って来た。村と言っても、其処に一軒此処に一軒という風にぽつぽつ家があるばかりで、内地のようにかたまって聚落を成してはいなかった。それに、家屋も掘・・・ 田山花袋 「トコヨゴヨミ」
・・・ああ北海道、雑嚢を下げてマントをぐるぐる捲いて肩にかけて津軽海峡をみんなと船で渡ったらどんなに嬉しいだろう。五月十日 今日もだめだ。五月十一日 日曜 曇 午前は母や祖母といっしょに田打ちをした。午后はうちのひば垣・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・つめたがいにやられたのだな朝からこんないい標本がとれるならひるすぎは十字狐だってとれるにちがいないと私は思いながらそれを拾って雑嚢に入れたのでした。そしたら俄かに波の音が強くなってそれは斯う云ったように聞こえました。「貝殻なんぞ何にするんだ・・・ 宮沢賢治 「サガレンと八月」
・・・天竺木綿、その菓子の包みは置いて行ってもいい。雑嚢や何かもここの芝へおろしておいていい行かないものもあるだろうから。「私はここで待ってますから。」校長だ。校長は肥ってまっ黒にいで立ちたしかにゆっくりみちばたの草、林の前に足を開いて投げ出・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・昨日研究所を出てから何一つ食べる暇のなかったマリアに、一人の兵士が雑嚢から大きなパンを出して彼女にくれた。それは愛するフランスの香り高いパンである。 キュリー夫人が帰り着いたパリは、脅威を受けながらも物静かで、九月初めのうっとりするよう・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
出典:青空文庫