・・・人間の哀れな敗残の跡を物語る畑も、勝ちほこった自然の領土である森林も等しなみに雪の下に埋れて行った。一夜の中に一尺も二尺も積り重なる日があった。小屋と木立だけが空と地との間にあって汚ない斑点だった。 仁右衛門はある日膝まで這入る雪の中を・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 曳いて来たは空車で、青菜も、藁も乗って居はしなかったが、何故か、雪の下の朝市に行くのであろうと見て取ったので、なるほど、星の消えたのも、空が淀んで居るのも、夜明に間のない所為であろう。墓原へ出たのは十二時過、それから、ああして、ああし・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・ あわれ、着た衣は雪の下なる薄もみじで、膚の雪が、かえって薄もみじを包んだかと思う、深く脱いだ襟脚を、すらりと引いて掻き合わすと、ぼっとりとして膝近だった懐紙を取って、くるくると丸げて、掌を拭いて落としたのが、畳へ白粉のこぼれるようであ・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・小川も、田も、畑も雪の下にうずもれてしまって、どこが路やら、それすら見当がつかなくなってしまったのであります。 そのうちに、日が暮れかかってきました。からすが遠いどこかの森の中で、悲しい声をたててないていました。 男は、早く町に着い・・・ 小川未明 「宝石商」
・・・ しかし、さすがに流川通である。雪の下は都会めかしたアスファルトで、その上を昼間は走る亀ノ井バスの女車掌が言うとおり「別府の道頓堀でございます」から、土産物屋、洋品屋、飲食店など殆んど軒並みに皎々と明るかった。 その明りがあるから、・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・ 丘の家々は、石のように雪の下に埋れていた。 彼方の山からは、始終、パルチザンがこちらの村を覗っていた。のみならず、夜になると、歩哨が、たびたび狼に襲われた。四肢が没してもまだ足りない程、深い雪の中を、狼は素早く馳せて来た。 狼・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ ――遠いはてのない曠野を雪の下から、僅かに頭をのぞかした二本のレールが黒い線を引いて走っている。武装を整えた中隊が乗りこんだ大きい列車は、ゆる/\左右に眼をくばりつゝ進んで行った。線路に添うて向うの方まで警戒隊が出されてあった。線路は・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・だが、こちらの山の傾斜面には、民屋もなにもなく、逃げる道は開かれていると思っていたのに、すぐそこに、六七軒の民屋が雪の下にかくれて控えていた。それらが露西亜人の住家になっているということは、疑う余地がなかった。 山の上の露西亜人は、散り・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・ しかし、雪の下から現われたのは青草だけじゃないんだ。ごらん、もう一面の落葉だ。去年の秋に散って落ちた枯葉が、そのまんま、また雪の下から現われて来た。意味ないね、この落葉は。永い冬の間、昼も夜も、雪の下積になって我慢して、いったい何を待って・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・そして、この担い棒をかついだ女村民の部落には村ソヴェトの赤い旗が雪の下からひるがえっている。 景色が退屈だから、家に坐ってるような心持でいちんち集団農場『集団農場・暁』を読んだ。 一九二八―二九年、ソヴェト生産拡張五ヵ年計画が着手さ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
出典:青空文庫