・・・そのためにレディとの交際が出来難く、触れ合う女性は喫茶ガールや、ダンサーや、すべて水稼業に近い雰囲気のものになるということは嘆くべきことだ。もっと男女選択のチャンスの広くなるような、美しい賢明な男女交際の機関をこしらえてやることは社会的義務・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 日蓮の張り切った精神と、高揚した宗教的熱情とは、その雰囲気をおのずと保って、六百五十年後の今日まで伝統しているのだ。 彼はあくまでも高邁の精神をまもった予言者であり、仏子にして同時に国士であった。法の建てなおし、国の建てなおしが彼・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・これは可愛らし気がなく、純な娘らしい雰囲気がなくなるからだ。恋愛は一方では、意識選択ではなく、運命であるという趣きがあるということも必ず忘れてはならぬ。これが人生の神秘というもので、そういう感じがないと常識的、取引的、身の振り方をつけるため・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ この南東を海に面して定期船の寄港地となっている村の風物雰囲気は、最近壺井栄氏の「暦」「風車」などにさながらにかかれているところであるが、瀬戸内海のうちの同じ島でも、私の村はそのうちの更に内海と称せられる湖水のような湾のなかにあるので、・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・その、青春時代、或いは、若い頃、どんな雰囲気の生活をして来たか、それに依って人間の生涯が、規定せられてしまうものの如く、思わせるのは、実に、井伏さんの下宿生活のにおいである。 井伏さんは、所謂「早稲田界隈」をきらいだと言っていらしたのを・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・けれども、私は、いつの日か、一丈ほどの山椒魚を、わがものにしたい、そうして日夕相親しみ、古代の雰囲気にじかに触れてみたい、深山幽谷のいぶきにしびれるくらい接してみたい、頃日、水族館にて二尺くらいの山椒魚を見て、それから思うところあってあれこ・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・いや、家庭に在る時ばかりでなく、私は人に接する時でも、心がどんなにつらくても、からだがどんなに苦しくても、ほとんど必死で、楽しい雰囲気を創る事に努力する。そうして、客とわかれた後、私は疲労によろめき、お金の事、道徳の事、自殺の事を考える。い・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・たったさっきまで、その名誉のために一命を賭したのでありながら、今はその名誉を有している生活と云うものが、そこに住う事も、そこで呼吸をする事も出来ぬ、雰囲気の無い空間になったように、どこへか押し除けられてしまったように思われるらしい。丁度死ん・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・どこか泉鏡花の小説を想わせるような雰囲気を感じる。 翌日自動車で鬼押出の溶岩流を見物に出かけた。千ヶ滝から峰の茶屋への九十九折の坂道の両脇の崖を見ると、上から下まで全部が浅間から噴出した小粒な軽石の堆積であるが、上端から約一メートルくら・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・こうしたじめじめした池沼のほとりの雰囲気はいつも自分の頭のどこかに幼い頃から巣くっている色々な御伽噺中の妖精を思い出すようである。 大正池の畔に出て草臥れを休めていると池の中から絶えずガラガラガラ何かの機械の歯車の轢音らしいものが聞こえ・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
出典:青空文庫