・・・ 午後に夕立を降して去った雷鳴の名残が遠く幽に聞えて、真白な大きな雲の峰の一面が夕日の反映に染められたまま見渡す水神の森の彼方に浮んでいるというような時分、試に吾妻橋の欄干に佇立み上汐に逆って河を下りて来る舟を見よ。舟は大概右岸の浅草に・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・浅草橋も後になし須田町に来掛る程に雷光凄じく街上に閃きて雷鳴止まず雨には風も加りて乾坤いよいよ暗澹たりしが九段を上り半蔵門に至るに及んで空初めて晴る。虹中天に懸り宮溝の垂楊油よりも碧し。住み憂き土地にはあれどわれ時折東京をよしと思うは偶然か・・・ 永井荷風 「夕立」
・・・三把稲というのは其方向から雷鳴を聞くと稲三把刈る間に夕立になるといわれて居るのである。雲は太く且つ広く空を掩うて一直線に進んで来る。閃光を放ちながら雷鳴が殷々として遠く聞こえはじめた。東南の空際にも柱の如き雲が相応じて立った。文造は此の気象・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫