・・・「では漢口へ電報を打ってヘンリイ・バレットの脚を取り寄せよう。」「いや、それは駄目でしょう。漢口から脚の来るうちには忍野君の胴が腐ってしまいます。」「困る。実に困る。」 年とった支那人は歎息した。何だか急に口髭さえ一層だらり・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・「どうもお律の容態が思わしくないから、慎太郎の所へ電報を打ってくれ。」「そんなに悪いの?」 洋一は思わず大きな声を出した。「まあ、ふだんが達者だから、急にどうと云う事もあるまいがね、――慎太郎へだけ知らせた方が――」 洋・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・「路の絶える。大雪の夜。」 お米さんが、あの虎杖の里の、この吹雪に……「……ただ一人。」―― 私は決然として、身ごしらえをしたのであります。「電報を――」 と言って、旅宿を出ました。 実はなくなりました父が、その・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・ 新聞の電報と、続いて掲げられた上州の記事は、ここには言うまい。俊吉は年紀二十七。いかほ野やいかほの沼のいかにして 恋しき人をいま一見見む大正三年一月 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・ いつしか月も経って、忘れもせぬ六月二十二日、僕が算術の解題に苦んで考えて居ると、小使が斎藤さんおうちから電報です、と云って机の端へ置いて去った。例のスグカエレであるから、早速舎監に話をして即日帰省した。何事が起ったかと胸に動悸をは・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・何もかも口と心と違った行動をとらねばならぬ苦しさ、予は僅かに虚偽の淵から脱ける一策を思いつき、直江津なる杉野の所へ今日行くという電報を打つ為に外出した。帰ってくると渋川が来て居るという。予は内廊下を縁に出ると、驚いた。挨拶にも見えないから、・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・ 九 その日の午後、井筒屋へ電報が来た。吉弥の母からの電報で、今新橋を立ったという知らせだ。僕が何気なく行って見ると、吉弥が子供のように嬉しがっている様子が、その挙動に見えた。僕が囲炉裡のそばに坐っているにもかかわら・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
十二月十日、珍らしいポカ/\した散歩日和で、暢気に郊外でもきたくなる天気だったが、忌でも応でも約束した原稿期日が迫ってるので、朝飯も匆々に机に対った処へ、電報! 丸善から来た。朝っぱらから何の用事かと封を切って見ると、『ケサミセヤ・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・、フルクナルカト申スコトヲ試験シテオリマス、何ヲオ隠シ申シマショウ私モ華族ノ二男ニハ生レマセヌノデ、白米氏ニ敗ラルル点ニオイテハ御同様デス何カ書クコトガモットアッタツモリデシタガ、丁度妹ノモトカラ電報ガ今届キマシテ、急ニ出立ノヨウイニカ・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・身内の者が危篤だという電報が来ても、仕事が終らぬうちは、腰を上げようとしない。極端だと人は思うかも知れないが、細君が死んだその葬式の日、近所への挨拶廻りは、親戚の者にたのんで、原稿を書いていたという。随分細君には惚れていたのだが、その納骨を・・・ 織田作之助 「鬼」
出典:青空文庫