・・・締切を過ぎて、何度も東京の雑誌社から電報の催促を受けている原稿だったが、今日の午後三時までに近所の郵便局へ持って行けば、間に合うかも知れなかった。「三時、三時……」 三時になれば眠れるぞと、子供をあやすように自分に言いきかせて、――・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・昨日の朝出した電報の返事すら来てなかった。 三 その翌日の午後、彼は思案に余って、横井を署へ訪ねて行った。明け放した受附の室とは別室になった奥から、横井は大きな体躯をのそり/\運んで来て「やあ君か、まああがれ」斯う云・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・そして仙台にいる弟に電報を打ったのだ。 明日か明後日、弟は出てくることになっている。あと十日と迫ったおせいの身体には容易ならぬ冒険なんだが、産婆も医者もむろん反対なんだが、弟につれさせて仙台へやっちまう。それから自分は放浪の旅に出る。・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・弟達は直ぐ電報を打ったり医者を呼ぶために出かけて行きました。 医者は直ぐ駆けつけて呉れましたが、最早実に落着いたものです。「ひどう苦しみましたか……たいした苦しみがなければ、先ず結構な方です」といった具合で、私がもうこれでお仕舞いですか・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・遠くの父母や兄弟の顔が、これまでになく忌わしい陰を帯びて、彼の心を紊した。電報配達夫が恐ろしかった。 ある朝、彼は日当のいい彼の部屋で座布団を干していた。その座布団は彼の幼時からの記憶につながれていた。同じ切れ地で夜具ができていたのだっ・・・ 梶井基次郎 「過古」
・・・ すると或日少女の母から電報が来ました、驚いて取る物も取あえず帰京してみると、少女は最早死んでいました」「死んで?」と松木は叫けんだ。「そうです、それで僕の総ての希望が悉く水の泡となって了いました」と岡本の言葉が未だ終らぬうち近藤は・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 源作は畠仕事を途中でやめて、郵便局へ電報を打ちに行った。「チチビヨウキスグカエレ」 いきなりこう書いて出した。 帰りには、彼は、何か重荷を下したようで胸がすっとした。 息子は、びっくりして十一時の夜汽車であわてゝ帰って・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・私もまだ山の上のわびしい暮らしをしていた時代で、かなり骨の折れる日を送っていたところへ、今の青山の姪の父親にあたる私の兄貴から、電報で百円の金の無心を受けた。当時兄貴は台湾のほうで、よくよく旅で困りもしたろうが、しかもそれが二度目の無心で、・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・すぐに、田舎の長兄へ電報を打ちました。長兄が来るまでは、私が兄の傍に寝て二晩、のどにからまる痰を指で除去してあげました。長兄が来て、すぐに看護婦を雇い、お友だちもだんだん集り、私も心強くなりましたが、長兄が見えるまでの二晩は、いま思っても地・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・彼に対する同情者は遠方から電報をよこしたりした。その中にはマクス・ラインハルトの名も交じっていた。 その後ナウハイムで科学者大会のあった時、特にその中の一日を相対論の論評にあてがった。その時の会場は何となく緊張していたが当人のアインシュ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫