・・・ですから妙子は一生懸命に、震える両手を組み合せながら、かねてたくんで置いた通り、アグニの神が乗り移ったように、見せかける時の近づくのを今か今かと待っていました。 婆さんは呪文を唱えてしまうと、今度は妙子をめぐりながら、いろいろな手ぶりを・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・常子は夫を見つめたまま、震える声に山井博士の来診を請うことを勧め出した。しかし彼は熱心に細引を脚へからげながら、どうしてもその勧めに従わない。「あんな藪医者に何がわかる? あいつは泥棒だ! 大詐偽師だ! それよりもお前、ここへ来て俺の体・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・彼はわなわな震える手に、戸のノッブを探り当てた。が、戸に錠の下りている事は、すぐにそのノッブが教えてくれた。 すると今度は櫛かピンかが、突然ばたりと落ちる音が聞えた。しかしそれを拾い上げる音は、いくら耳を澄ましていても、なぜか陳には聞え・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・「こうやってずんずん歩いていると、妙に指が震えるもんだね。まるでエレキでもかかって来るようだ。」 三 彼は中学を卒業してから、一高の試験を受けることにした。が、生憎落第した。彼があの印刷屋の二階に間借りをは・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・ お蓮は声が震えるのを感じた。「やはりそうか」と云う気もちが、「そんな筈はない」と云う気もちと一しょに、思わず声へ出たのだった。「生きていられるか、死んでいられるかそれはちと判じ悪いが、――とにかく御遇いにはなれぬものと御思いなさい・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ 僕は体の震えるのを感じた。それは僕の膝を抑えた含芳の手の震えるのだった。「あなたがたもどうかわたしのように、………あなたがたの愛する人を、………」 玉蘭は譚の言葉の中にいつかもう美しい歯にビスケットの一片を噛みはじめていた。…・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・ 私は、涙を流し放題に流して、地だんだをふまないばかりにせき立てて、震える手をのばして妹の頭がちょっぴり水の上に浮んでいる方を指しました。 若い男は私の指す方を見定めていましたが、やがて手早く担っていたものを砂の上に卸し、帯をくるく・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・顔を血だらけにして泥まみれになった佐藤の跡から仁右衛門が這入って来るのを見ると、佐藤の妻は訳を聞く事もせずにがたがた震える歯を噛み合せて猿のように唇の間からむき出しながら仁右衛門の前に立ちはだかって、飛び出しそうな怒りの眼で睨みつけた。物が・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・「クララ、あなたの手の冷たく震える事」「しっ、静かに」 クララは頼りないものを頼りにしたのを恥じて手を放した。そして咽せるほどな参詣人の人いきれの中でまた孤独に還った。「ホザナ……ホザナ……」 内陣から合唱が聞こえ始めた・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ さて心がら鬼のごとき目をみひらくと、余り強く面を圧していた、ためであろう、襖一重の座敷で、二人ばかりの女中と言葉を交わす夫人の声が、遠く聞えて、遥に且つ幽に、しかも細く、耳の端について、震えるよう。 それも心細く、その言う処を確め・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
出典:青空文庫