・・・ 男のひとがさきに、それから女のひとが、夫の部屋の六畳間にはいり、腐りかけているような畳、破れほうだいの障子、落ちかけている壁、紙がはがれて中の骨が露出している襖、片隅に机と本箱、それもからっぽの本箱、そのような荒涼たる部屋の風景に接し・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・女学生は、女房のスカアトの裾から露出する骨張った脚を見ながら、次第にむかむか嫌悪が生じる。「あさましい。理性を失った女性の姿は、どうしてこんなに動物の臭いがするのだろう。汚い。下等だ。毛虫だ。助けまい。あの男を撃つより先に、やはりこの女と、・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・膝が、やっと隠れるくらいで、毛臑が無残に露出している。ゴルフパンツのようである。私は流石に苦笑した。「よせよ。」佐伯は、早速嘲笑した。「なってないじゃないか。」「そうですね。」熊本君も、腕をうしろに組んで、私の姿をつくづく見上げ、見・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・考えてみると、これこそ陰惨な封建思想の露出である。 むかしも、あんなことをやった奴があって、それは権勢慾、或いは人気とりの軽業に過ぎないのであって、言わせておいて黙っているうちに、自滅するものだ、太宰も、もうこれでおしまいか、忠告せざる・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・そうして所々に露出した山骨は青みがかった真珠のような明るい銀灰色の条痕を成して、それがこの山の立体的な輪郭を鋭く大胆なタッチで描出しているのである。今までにずいぶん色々な山も見て来たが、この日この時に見た焼岳のような美しく珍しい色彩をもった・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・そのへんだけ底に泥がなくて、砂利が露出している事は、さおでつついてみるとわかる。あの池から、一つの狭い谷が北のほうへ延びて、今の動物地質教室の下から弥生町の門のほうへ続いていた事が、土工の際に明らかになったそうである。この池の地学的の意味に・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・ 山の南側は、太古の大地変の痕跡を示して、山骨を露出し、急峻な姿をしているのであるが、大垣から見れば、それほど突兀たる姿をしていないだろうという事は、たとえば陸地測量部の五万分一の地形図を見ても、判断する事ができる。大垣停車場から、伊吹・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
・・・説明するまでもなく金春の煉瓦造りは、土蔵のように壁塗りになっていて、赤い煉瓦の生地を露出させてはいない。家の軒はいずれも長く突き出で円い柱に支えられている。今日ではこのアアチの下をば無用の空地にして置くだけの余裕がなくって、戸々勝手にこれを・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・のように強いて行い、無理にもなすという瘠我慢も圧迫も微弱になったため、一言にして云えば徳義上の評価がいつとなく推移したため、自分の弱点と認めるようなことを恐れもなく人に話すのみか、その弱点を行為の上に露出して我も怪しまず、人も咎めぬと云う世・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・ 掘鑿の中は、雪の皮膚を蹴破って大地がその黒い、岩の大腸を露出していた。その上を、悼むように、吹雪の色と和して、ダイナマイトの煙が去りやらず、匍いまわっていた。が、やがて、小林と秋山とが倒れている川上の、捲上小屋の方へ、風に送られて流れ・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
出典:青空文庫