・・・ 志村の大将、その時分は大真面目で、青木堂へ行っちゃペパミントの小さな罎を買って来て、「甘いから飲んでごらん。」などと、やったものさ。酒も甘かったろうが、志村も甘かったよ。 そのお徳が、今じゃこんな所で商売をしているんだ。シカゴにい・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・僕はその店をちらりと見た時、なぜか「ああ、Sの家は青木堂の支店だった」と思った。「君は今お父さんと一しょにいるの?」「ああ、この間から。」「じゃまた。」 僕はSに別れてから、すぐにその次の横町を曲った。横町の角の飾り窓にはオ・・・ 芥川竜之介 「死後」
・・・また小さい借家にいても、二、三坪の庭に植木屋を入れ、冬などは実を持った青木の下に枯れ松葉を敷かせたのを覚えている。 この「お師匠さん」は長命だった。なんでも晩年味噌を買いに行き、雪上がりの往来で転んだ時にも、やっと家へ帰ってくると、「そ・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・「また、あの青木と蕎麦屋へ行ったのだろう」お君が長い顎を動かした。蕎麦屋と聴けば、僕も吉弥に引ッ込まれたことがあって、よく知っているから、そこへ行っている事情は十分察しられるので、いいことを聴かしてくれたと思った。しかし、この利口ではあ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・森は早くから外国に留学した薩人で、長の青木周蔵と列んで渾身に外国文化の浸潤った明治の初期の大ハイカラであった。殊に森は留学時代に日本語廃止論を提唱したほど青木よりも一層徹底して、剛毅果断の気象に富んでいた。 青木は外国婦人を娶ったが、森・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・そのそばに生えている青木の葉が黒ずんで、やはり霜柱のために傷んで葉はだらりと垂れて、力なく下を向いているのでありました。 けれど、春になりますと、いつしか霜柱が立たなくなりました。そして、一時は、ふくれあがって、痛々しそうに見えた土まで・・・ 小川未明 「小さな草と太陽」
・・・ 雀が二羽檜葉を揺すって、転がるように青木の蔭へかくれた。「ホーホケキョ」 口笛だ。小鳥を飼っている近くの散髪屋の小僧だと思う。行一はそれに軽い好意を感じた。「まあほんとに口笛だわ。憎らしいのね」 朝夕朗々とした声で祈祷・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・ 昨年、私たちの地方では、水なしには育たない稲ばかりでなく、畑の作物も──どんな飢饉の年にも旱魃にもこれだけは大丈夫と云われる青木昆陽の甘藷までがほとんど駄目だった。村役場から配布される自治案内に、七分搗米に麦をまぜて食えば栄養摂取が十・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・家へ帰ってから読むつもりであったのを、その晩は青木という大学生に押掛けられた。割合に蚊の居ない晩で、二人で西瓜を食いながら話した。はじめて例の著書が出版された当時、ある雑誌の上で長々と批評して、「ツルゲネエフの情緒あって、ツルゲネエフの想像・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・「小母さんも青木さんはあたしの内証の子なんだかもしれないなんて冗談をおっしゃるんですよ」「あ、いつか小母さんが指へ傷をしたというのはもう直ったのですか」「ええただナイフでちょっと切ったばかりなんですから」 二人はこのような話・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
出典:青空文庫