・・・もがき騒いで呼立てない、非凡の見識おのずから顕れて、裡の面白さが思遣られる。 うかうかと入って見ると、こはいかに、と驚くにさえ張合も何にもない。表飾りの景気から推せば、場内の広さも、一軒隣のアラビヤ式と銘打った競馬ぐらいはあろうと思うの・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・平凡な人生を平凡な筆で正直にありのままに書くことが、作家として純粋だという考え方は、まるで文学のノスタルジアのように思われているが、自伝というものは、非凡な人間が語ってこそ興味があるので、われわれ凡人がポソポソと語って、何が面白かろう。しか・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・彼女はちょっと非凡なところのある精力家で、また皮肉屋であった。「自家の兄さんはいつ見ても若い。ちっとも老けないところを見ると、お釈迦様という人もそうだったそうだが、自家の兄さんもつまりお釈迦様のような人かもしれないねえ。ヒヒヒ」こういっ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 僕の小供の時からの友に桂正作という男がある、今年二十四で今は横浜のある会社に技手として雇われもっぱら電気事業に従事しているが、まずこの男ほど類の異った人物はあるまいかと思われる。 非凡人ではない。けれども凡人でもない。さりとて偏物・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・ このように非凡の健康と精力とを有して、その寿命を人格の琢磨と事業の完成とに利用しうる人びとにあっては、長寿はもっとも尊貴にしてかつ幸福であるのは、むろんである。 しかも、前にいったごとくに、こうした天稟・素質をうけ、こうした境界・・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 斯く非凡の健康と精力とを有して、其寿命を人格の琢磨と事業の完成とに利用し得る人々に在っては、長寿は最も尊貴にして且つ幸福なるは無論である。 而も前に言えるが如く、斯かる天稟・素質を享け、斯かる境界・運命に遇い得る者は、今の社会には・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ただの学者、政治家と思われている人でも、いざという時には、非凡な武技を発揮した。小才だけでは、どうにもならぬ。武術の達人には落ちつきがある。この落ちつきがなければ、男子はどんな仕事もやり了せる事が出来ない。伊藤博文だって、ただの才子じゃない・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ 私は、あまりの歓喜に、いよいよ逆上せて、もっともっと、私の非凡の人物であることを知らせてやりたくなっちゃって、よけいなことを言った。「あ、十二時だ。」隣家の柱時計が、そのとき、ぼうん、ぼうん、鳴りはじめたのである。「時計は、あれは・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ら、木枯しの中を猫背になってわななきつつ歩いているのも似つかわしいのであろうが、そうするとまた、人は私を、貧乏看板とか、乞食の威嚇、ふてくされ等と言って非難するであろうし、また、寒山拾得の如く、あまり非凡な恰好をして人の神経を混乱させ圧倒す・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・もし入江の家系に、非凡な浪曼の血が流れているとしたならば、それは、此の祖父から、はじまったものではないかと思われる。もはや八十を過ぎている。毎日、用事ありげに、麹町の自宅の裏門から、そそくさと出掛ける。実に素早い。この祖父は、壮年の頃は横浜・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
出典:青空文庫