・・・都て卑しき者を使うには我意に叶わぬことも少なからず、漫りに立腹することなく能く言教えて使う可し、与え恵む可き事あらば財を惜しむ可らず、但し私に偏して猥りに与う可らずと言う。都て非難の点なし。特に心の内には憐み外には行儀を固く訓えて使う可しの・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・この一点において我輩が見る所を異にすると申すその次第は、敢えて論者の道徳論を非難するにはあらざれども、前後緩急の別について問う所のものなきを得ざるなり。 世界開闢の歴史を見るに、初めは独化の一人ありて、後に男女夫婦を生じたりという。我が・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・従って世間の評判も悪い、偶々賞美して呉れた者もあったけれど、おしなべて非難の声が多かった。併し、私が苦心をした結果、出来損ったという心持を呑み込んで、此処が失敗していると指摘した者はなく、また、此処は何の位まで成功したと見て呉れた者もなかっ・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・狛君の別墅二楽亭広き水真砂のつらに見る庭のながめを曳て山も連なる 前の歌と同じ調子、同じ非難なり。〔『日本』明治三十二年四月二十二日〕酔人の水にうちいるる石つぶてかひなきわざに臂を張る哉 これ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・氏が、尾崎、榊山氏のルポルタージュに自己感傷の過度を批難しながら、林房雄氏のレトリックに触れないことは読者にとっては不思議のようである。「太陽のない街」を実例として、ルポルタージュと記録小説との、芸術化の時間的過程の相異を明らかにしようとし・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・ 何と云う暗合内心に深く沈み込んだ私の批難が此処に現れ出ようとは。貴方に対する無言の厭悪が稚いこの遊戯の面に現れ出るとは!L、F、H、LFH、数えなおし、私は笑を失った。かりそめのたわむれとは云え何と云うこと・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・と云うのが、その細君の非難の主なるものであった。 木村の心持には真剣も木刀もないのであるが、あらゆる為事に対する「遊び」の心持が、ノラでない細君にも、人形にせられ、おもちゃにせられる不愉快を感じさせたのであろう。 木村のためには、こ・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・安穏寺の住職は東京で新しい教育を受けた、物分りの好い人なので、佐野さんの人柄を見て、うるさく品行を非難するような事をせずに、「君は僧侶になる柄の人ではないから、今のうちに廃し給え」と云って、寺を何がなしに逐い出してしまった。そこで佐野さんは・・・ 森鴎外 「心中」
・・・子供の正直な心は無心に父親の態度を非難していたのです。大きい愛について考えていた父親は、この小さい透明な心をさえも暖めてやることができませんでした。 私は自分を呪いました。食事の時ぐらいはなぜ他の者といっしょの気持ちにならなかったのでし・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・ 親しい友人から受けた忌憚なき非難は、かえって私の心を落ちつかせた。烈しい苦しみと心細さとのなかではあったが、自分にとっての恐ろしい真実をたじろがずに見得た経験は私を一歩高い所へ連れて行った。私は黒い鉄の扉に突き当たったが、自分の力で動・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫