・・・ 電文は三音信ばかりあった。「リツコジウビヨウビヨウメイミテイダイガクヘニウインシタアトフミ」そういう文言であった。 道太はひどく狼狽したが、かろうじて支えていた。「こっちへ来ると、何かあるのも変だな」道太は呟いたが、何か東京の・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・けれども音信はその後二人の間に全く絶えていたのである。ただ余が先生について得た最後の報知は、先生がとうとう学校をやめてしまって、市外の高台に居を卜しつつ、果樹の栽培に余念がないらしいという事であった。先生は「日本における英国の隠者」というよ・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・北国の人に至っては音信さえない。 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・もう、音信も出来ないんですね」「さア。そう思ッていてもらわなければ……」と、西宮も判然とは答えかねた。 吉里はしばらく考え、「あんまり未練らしいけれどもね、後生ですから、明日にも、も一遍連れて来て下さいよ」と、顔を赧くしながら西宮を・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・此一面より見れば愚なるが如くなれども、方向を転じて日常居家の区域に入り、婦人の専ら任ずる所に就て濃に之を視察すれば、衣服飲食の事を始めとして、婢僕の取扱い、音信贈答の注意、来客の接待饗応、四時遊楽の趣向、尚お進んで子女の養育、病人の看護等、・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 一枚のハガキが来たきりで、又暫く音信が絶えていたところ、先日不意に航空郵便が来た。白い角封筒で、航空便として軍事郵便である。何かあった。直覚的にそう思われた。だが、その手紙は私あてではないのである。受けとる筈のものはそのとき家にいなか・・・ 宮本百合子 「くちなし」
・・・どんな気持で彼は暮しているか。音信を絶った心が感じられ、外国暮しの微な侘しさがある。―― 私共は、待ち設けていもしなかった小包を受け、随分元気に歩いて、夕暮の散歩道をホテルまで帰ってきた。直ぐ紐を剪り、ガワガワ云わせて包紙を開き、中から・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・ 自分が其那に待ちながら、同じように待って居るに異いない母へ、屡々音信をしないのは、気の毒だと思わずには居られない。 今日も、先月中に御たのみした原稿紙や本や雑誌やらが、ふんだんに届いた。よく気をつけて、こちらでは得難い雑誌を送って・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・日頃あんまり活々と生活していたし、最近の十数年は、手紙類も用向だけを、という風に箇条書にしてよこしたのが多かったため、音信の実際上の役割がすむと、そのまま忘られ、そして捨てられて行ったのかもしれません。或は又、父自身が帰って来て、その辺につ・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・然るに定右衛門の長男亀蔵は若い時江戸へ出て、音信不通になったので、二男定助一人をたよりにしている。その亀蔵が今年正月二十一日に、襤褸を身に纏って深野屋へ尋ねて来た。佐兵衛は「お前のような不孝者を、親父様に知らせずに留めて置く事は出来ぬ」と云・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫