・・・へい、ええ、ことの外音声を痛めておりやすんで、お聞苦しゅう、……へい、お極りは五銅の処、御愛嬌に割引をいたしやす、三銭でございやす。」「高い!」 と喝って、「手品屋、負けろ。」「毛頭、お掛値はございやせん。宜しくばお求め下さ・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・何の蝸牛みたような住居だ、この中に踏み込んで、罷り違えば、殻を背負っても逃げられると、高を括って度胸が坐ったのでありますから、威勢よく突立って凜々とした大音声。「お頼み申す、お頼み申す! お頼み申す」 と続けざまに声を懸けたが、内は・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・豪雨だ……そのすさまじき豪雨の音、そうしてあらゆる方面に落ち激つ水の音、ひたすら事なかれと祈る人の心を、有る限りの音声をもって脅すかのごとく、豪雨は夜を徹して鳴り通した。 少しも眠れなかったごとく思われたけれど、一睡の夢の間にも、豪雨の・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・何の事はない、緑雨の風、人品、音声、表情など一切がメスのように鋭どいキビキビした緑雨の警句そのままの具象化であった。 私が緑雨を知ったのは明治二十三年の夏、或る温泉地に遊んでいた時、突然緑雨から手紙を請取ったのが初めてであった。尤もその・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・口の先きで喋べる我々はその底力のある音声を聞くと、自分の饒舌が如何にも薄ッぺらで目方がないのを恥かしく思った。 何を咄したか忘れてしまったが、今でも頭脳に固く印しているのは、その時卓子の上に読半しの書籍が開いたまま置かれてあったのを何で・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・もともと女であるのに、その姿態と声を捨て、わざわざ男の粗暴の動作を学び、その太い音声、文章を「勉強」いたし、さてそれから、男の「女音」の真似をして、「わたくしは女でございます。」とわざと嗄れた声を作って言い出すのだから、実に、どうにも浅間し・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・気持がせいせいしていて慾も得も無く、誰をも怨まず、誰をも愛さず、それこそ心頭滅却に似た恬淡の心境だったのですが、あなたに話かけているうちに、また心の端が麻のように乱れはじめて、あなたの澄んだ眼と、強い音声が、ともすると私の此の手紙の文章を打・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・いま僕は、こうして青扇と対座して話合ってみるに、その骨骼といい、頭恰好といい、瞳のいろといい、それから音声の調子といい、まったくロンブロオゾオやショオペンハウエルの規定している天才の特徴と酷似しているのである。たしかに、そのときにはそう思わ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・その態度、音声に、おろかな媚さえ感ぜられ、実に胸くそが悪かった。けれども私にはその者を叱咤し、追いかえすことが出来なかったのである。「それは、御苦労さまでした。薔薇を拝見しましょうね。」と自分でも、おや、と思ったほど叮嚀な言葉が出てしま・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・ とそのひとが普通の音声で、落ちついて言った。 私は、どきりとして、「よし、そんならこんど逢った時、僕の徹底的な遊び振りを見せてあげる。」 と言ったが、内心は、いやなおばさんだと思った。私の口から言うのもおかしいだろうが、こ・・・ 太宰治 「父」
出典:青空文庫