・・・ 思へ一つの同じ音楽、同じ叙情詩、同じ宗教に対して、いかに多くの異つた解釈があるか。すべての芸術とすべての宗教とは、各の読者と各の弟子たちにまで、彼等自身の趣味を反映させるにすぎないだらう。たとへば日蓮は日蓮の個性に於て、親鸞は親鸞の個・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・喜べこの上もない音楽の諧調――飢に泣く赤ん坊の声、砕ける肉の響き、流れる血潮のどよめき。 この上もない絵画の色――山の屍、川の血、砕けたる骨の浜辺。 彫塑の妙――生への執着の数万の、デッド、マスク! 宏壮なビルディングは空に向っ・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・月見なり、花見なり、音楽舞踏なり、そのほか総て世の中の妨げとならざる娯しみ事は、いずれも皆心身の活力を引立つるために甚だ緊要のものなれば、仕事の暇あらば折を以て求むべきことなり。これを第五の仕事とすべし。 右の五ヶ条は、いやしくも人間と・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・即ち音楽的である。だから、人が読むのを聞いていても中々に面白い。実際文章の意味は、黙読した方がよく分るけれど、自分の覚束ない知識で充分に分らぬ所も、声を出して読むと面白く感ぜられる。これは確かに欧文の一特質である。 処が、日本の文章には・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・初めは遠く、次第に近く、終にはその音暖かに充ち渡りて、壁隣の部屋より聞ゆる如音楽だな。何だか不思議に心に沁み入るような調べだ。あの男が下らぬ事を饒舌ったので、己まで気が狂ったのでもあるまい。人の手で弾くヴァイオリンからこんな音の出るのを聞い・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ ひるすぎみんなは楽屋に円くならんで今度の町の音楽会へ出す第六交響曲の練習をしていました。 トランペットは一生けん命歌っています。 ヴァイオリンも二いろ風のように鳴っています。 クラリネットもボーボーとそれに手伝っています。・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・むしろ、落ついて心持のよい音楽でもきいて活動の準備をしたいと御思いにならないでしょうか。 一、ところで、いま、みなさまのお心にはどんなお考えがあるでしょう。実に様々であろうと思います。 一、きょうは一つ本を買おう一つ靴みがきをさせよ・・・ 宮本百合子 「朝の話」
・・・絵画で移り行きのない色を塗ったり、音楽が chromatique の方嚮に変化を求めるように、文芸は印象を文章で現そうとする。衝動生活に這入って行くのが当り前である。衝動生活に這入って行けば性欲の衝動も現れずにはいない。 芸術というもの・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・るが如く、石浜金作氏の近作に於けるが如く、時間空間の観念無視のみならず一切の形式破壊に心象の交互作用を端的に投擲することに於て、また如実派の或る一部、例えば犬養健氏の諸作に於けるがごとく、官能の快朗な音楽的トーンに現れた立体性に、中河与一氏・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・如何にも壮大な、ベエトホオフェンの音楽のような景色である。それを見ようと思って、己は海水浴場に行く狭い道へ出掛けた。ふと槌の音が聞えた。その方を見ると、浴客が海へ下りて行く階段を、エルリングが修覆している。 己が会釈をすると、エルリング・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫