・・・と鷹見がうなるように言いましたが、鸚鵡はいっさい平気で、「お玉さん」「人をばかにしている!」と上田が目を丸くしますと、「お玉さん、……樋口さん……お玉さん……樋口さん……」と響き渡る高い調子で鸚鵡は続けざま叫び出したので、政法も木村・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・その如くに童貞者にあるまじりなき憧憬は青春の幸福の本質をなすものであってひとたび女を知るならば、もはや青春はひび割れたるものとなり、その立てる響きは雑音を混じえずにはおかなくなる。そしてそれは性の問題だけでなく、人生一般の見方に及ぶのである・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 彼女は響きのいい、すき通るような声を出した。「そうだとも、あたりまえだ。」「じゃいい。」 黒く磨かれた、踵の高い靴で、彼女はきりっと、ブン廻しのように一とまわりして、丘の方へ行きかけた。「いや、うそだうそだ。今さっきほ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・養老の霊泉は知らぬが、随分響き渡ったもので、二十里三十里をわざわざその滝へかかりに行くものもあり、また滝へ直接にかかれぬものは、寺の傍の民家に頼んでその水を汲んで湯を立ててもらって浴する者もあるが、不思議に長病が治ったり、特に医者に分らぬ正・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・だが、自動車はゴー、ゴーと響きかえるガードの下をくゞって、もはや淀橋へ出て行っていた。 前から来るのを、のんびりと待ち合せてゴトン/\と動く、あの毎日のように乗ったことのある西武電車を、自動車はせッかちにドン/\追い越した。風が頬の両側・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ 私が地下室にたとえてみた自分の部屋の障子へは、町の響きが遠く伝わって来た。私はそれを植木坂の上のほうにも、浅い谷一つ隔てた狸穴の坂のほうにも聞きつけた。私たちの住む家は西側の塀を境に、ある邸つづきの抜け道に接していて、小高い石垣の上を・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ その言葉の響きには、私の全身鳥肌立ったほどの凄い憎悪がこもっていました。「勝手にしろ!」と叫ぶ夫の声は既に上ずって、空虚な感じのものでした。 私は起きて寝巻きの上に羽織を引掛け、玄関に出て、二人のお客に、「いらっしゃいまし・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・その室に、今、垂死の兵士の叫喚が響き渡る。 「苦しい、苦しい、苦しい!」 寂としている。蟋蟀は同じやさしいさびしい調子で鳴いている。満洲の広漠たる野には、遅い月が昇ったと見えて、あたりが明るくなって、ガラス窓の外は既にその光を受けて・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・これに反して、同じ北斎が自分の得意の領分へはいると同じぎざぎざした線がそこではおのずからな諧調を奏してトレモロの響きをきくような感じを与えている。たとえば富岳三十六景の三島を見ても、なぜ富士の輪郭があのように鋸歯状になっていなければならない・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・乳母の懐に抱かれて寝る大寒の夜な夜な、私は夜廻の拍子木の、如何に鋭く、如何に冴えて、寝静った家中に遠く、響き渡るのを聞いたであろう。ああ、夜ほど恐いもの、厭なものは無い。三時の茶菓子に、安藤坂の紅谷の最中を食べてから、母上を相手に、飯事の遊・・・ 永井荷風 「狐」
出典:青空文庫