・・・そうして頂上の峠の海抜九百五十メートルまで、実に四百五十メートルの高さをわずかの時間の間に客車の腰掛に腰かけたままで上昇する。そうして普通の上空気温低下率から計算しても約摂氏五度ほどの気温降下を経験する。それで乗客の感覚の上では、恰度かなり・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・焔は空洞の腹を嘗めて頂上の暗い穴に吸い込まれる。穴の奥でひとしきりゴオと風の音がすると、焔は急に大きくなって下の石炭が活きて輝き始める。 炉の前に、大きな肘掛椅子に埋もれた、一人の白髪の老人が現われる。身動き一つしないで、じっと焔を見詰・・・ 寺田寅彦 「ある幻想曲の序」
・・・では、二人の女の髷の頂上の丸んだ線は、二人の襟と二つの団扇に反響して顕著なリズムを形成している。写楽の女の変な目や眉も、これが髷の線の余波として見た時に奇怪な感じは薄らいでただ美しい節奏を感じさせる。 顔の輪郭の線もまた重要な因子になっ・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・見はらしのきく頂上へきて、岩の上にひざを抱いてすわると、熊本市街が一とめにみえる。田圃と山にかこまれて、樹木の多い熊本市は、ほこりをあびてうすよごれてみえた。裁判所の赤煉瓦も、避雷針のある県庁や、学校のいらかも、にぶく光っている坪井川の流れ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ それは、富士山の頂上を、ケシ飛んで行く雲の行き来であった。 麓の方、巷や、農村では、四十年来の暑さの中に、人々は死んだり、殺したり、殺されたりした。 空気はムンムンして、人々は天ぷらの油煙を吸い込んでいた。 一方には、一方・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・畢竟するに其親愛が虚偽にもせよ、男子が世にもあられぬ獣行を働きながら、婦人をして柔和忍辱の此頂上にまで至らしめたるは、上古蛮勇時代の遺風、殊に女大学の教訓その頂上に達したるの結果に外ならず。即ち累世の婦人が自から結婚契約の権利を忘れ、仮初に・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・よくその子の性質を察して、これを教えこれを導き、人力の及ぶ所だけは心身の発生を助けて、その天稟に備えたる働きの頂上に達せしめざるべからず。概していえば父母の子を教育するの目的は、その子をして天下第一流の人物、第一流の学者たらしめんとするにあ・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・文明の進歩、一切万事、意の如くならざるはなしと信じて、かえってその教育を人間世界に用うるの工風を忘れたるの罪なりと答えざるをえず。人間世界は存外に広くして存外に俗なるものなり。文明の頂上と称する国々に於てもなおかつ然り。まして日本の如き、そ・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・もとより茶店が一軒あるわけでもない。頂上近く登ったと思う時分に向うを見ると、向うは皆自分の居る処よりも遥に高い山がめぐっておる。自分の居る山と向うの山との谷を見ると、何町あるかもわからぬと思うほど下へ深く見える。その大きな谷あいには森もなく・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・高い高い錐のような山の頂上に片脚で立っているのです。 ホモイはびっくりして泣いて目をさましました。 * 次の朝ホモイはまた野に出ました。 今日は陰気な霧がジメジメ降っています。木も草もじっと黙り込みました。ぶなの・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
出典:青空文庫