・・・しかし何度頼んでみても、小厮は主人の留守を楯に、頑として奥へ通しません。いや、しまいには門を鎖したまま、返事さえろくにしないのです。そこで翁はやむを得ず、この荒れ果てた家のどこかに、蔵している名画を想いながら、惆悵と独り帰って来ました。・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・が、奉行が何度吟味を重ねても、頑として吉助は、彼の述べた所を飜さなかった。 三 じゅりあの・吉助は、遂に天下の大法通り、磔刑に処せられる事になった。 その日彼は町中を引き廻された上、さんと・もんたにの下の刑・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・しかし彼れは頑として動かなかった。ペテンにかけられた雑穀屋をはじめ諸商人は貸金の元金は愚か利子さえ出させる事が出来なかった。 「まだか」、この名は村中に恐怖を播いた。彼れの顔を出す所には人々は姿を隠した。川森さえ疾の・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ されど室内に立入りて、その面を見んとせらるるとも、主翁は頑として肯ぜざるべし。諸君涙あらば強うるなかれ。いかんとなれば、狂せるお貞は爾来世の人に良人殺しの面を見られんを恥じて、長くこの暗室内に自らその身を封じたるものなればなり。渠は恐・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・今夜はもうこの位で勘弁してくれと、頼めばよさそうなものだのに、頑として蚊帳の外に頑張っているその依固地さは、十や十一の少女とは思えなかった。「親も親なら、娘も娘だ」 どちらも正気の沙汰ではないと、礼子はむしろ呆れかえった。 夏の・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・されどもいささか思い定むるよし心中にあれば頑として屈せず、他の好意をば無になして辞して帰るやいなや、直ちに三里ほど隔たれる湯の川温泉というに到り、しこうして封書を友人に送り、此地に来れる由を報じおきぬ。罪あらば罪を得ん、人間の加え得る罪は何・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・母はまず勝治に、その無思慮な希望を放棄してくれるように歎願した。頑として聞かない。チベットへ行くのは僕の年来の理想であって、中学時代に学業よりも主として身体の鍛錬に努めて来たのも実はこのチベット行のためにそなえていたのだ、人間は自分の最高と・・・ 太宰治 「花火」
・・・私は首を横に振った。「こんな恰好で新宿を歩いて、誰かに見られたら、いよいよ評判が悪くなるばかりだ。」「そんな事もないでしょう。」「いや、ごめんだ。」私は頑として応じなかった。「その辺の茶店で休もうじゃないか。」「僕は、お酒を飲ん・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・そこでそれを抜こうとしたが老人頑としてどうしても承知しない。結局「アルラフの神のおぼしめしじゃ、わしは御免こうむる。さようなら」と言って、それっきりで事件が終結した。ほんとうのおはなしである。 それはとにかく、自分たち平生科学の研究に従・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・そんな事は一々聞かないでもいいから好加減にしてくれと云うと、どう致しまして、奥様の入らっしゃらない御家で、御台所を預かっております以上は一銭一厘でも間違いがあってはなりません、てって頑として主人の云う事を聞かないんだからね」「それじゃあ・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
出典:青空文庫