・・・べからず、文字も書せざるべからずといえども、本来、人心発育の理において、人の能力は一にして足らず、記憶の能力あり、推理の能力あり、想像の働ありて、この諸能力が各その固有の働をたくましゅうして、たがいに領分を犯さず、また他に犯されずして、よく・・・ 福沢諭吉 「文明教育論」
・・・そらのはずれから地面の底まですっかり光の領分です。たしかに今は光のお酒が地面の腹の底までしみました。」「ええ、ええ、そうです。おや、ごらんなさい、向うの畑。ね。光の酒に漬っては花椰菜でもアスパラガスでも実に立派なものではありませんか。」・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・近頃はわしの祭にも供物一つ持って来ん、おのれ、今度わしの領分に最初に足を入れたものはきっと泥の底に引き擦り込んでやろう。」土神はまたきりきり歯噛みしました。 樺の木は折角なだめようと思って云ったことが又もや却ってこんなことになったのでも・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・彼方には、皆の、恐らく子供の、領分がある。自分はここで、枯れかけた花を見、ひやひやするこみちを歩き、自分にほか分らない感動に満されている。――当のない憧憬や、恐ろしく感傷的な愛に動かされたりする。そうかと思うと、急に熱心に生垣の隙間から隣を・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・女子漁民道場というようなところがつくられれば、そこでは漁村の間につたえられている迷信的なものと、どのようにたたかって女の海での活動の領分が開拓されてゆくだろうかと、期待がもたれる。海女として少女から相当の年までの女が働いているところでそうい・・・ 宮本百合子 「漁村の婦人の生活」
黄銅時代の為○オイケンの偉人と人生観より、p.9「精神の領分に於ては、個々の部分の総和其ものが決して全体を生じないと云う点に一致して居る」 此は、二人の人間の精神的産物は、二つの傾向の中間であると云う・・・ 宮本百合子 「結婚に関し、レークジョージ、雑」
・・・ プロレタリア・リアリズムにむかっての具体的な出直しの試みとして、ソヴェトの文学は大胆に生産の場所からの生のままの報告を、領分の中にとりいれはじめた。 ラップの機関紙『十月』をあけて見ると、生活記録とか、生活の道とかいう特別欄がある・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・そこが私の領分です。どんな破滅が激しかろうと、虐げようが厳しかろうと、男女一組の真直な人間がその三方の何処かに逃る隙さえあれば、きっと私の手が待ち受けてい、つつましく根気よく次代の栄をもり立てるのです。 ――おや、微な気勢が近づいて来・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ 嬉しいんですよ、 貴方になんかどうしたってわかりません、 私の領分なんですからね。 千世子はこんな事を云った後であんまり長く話して疲れた様に深い溜息を吐いた。 今までとはまるで違った沈んだ目をして千世子は篤の顔を見・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・この範囲はアルシャイスムの領分を限る線によって定められる。そしてそのことばは擬古文の中にしか用いられぬことになる。 これは窮屈である。さらに一歩を進めて考えてみると、この窮屈はいっそう甚だしくなってくる。なぜであるか。いまむなぐるまとい・・・ 森鴎外 「空車」
出典:青空文庫