・・・新蔵はその言葉を静に聞いていましたが、やがて眉を顰めると、迂散らしい眼つきをして、「来てくれるなと云うのはわかるけれど、来れば命にかかわると云うのは不思議じゃないか。不思議よりゃむしろ乱暴だね。」と、腹を立てたような声を出すのです。が、泰さ・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ と眉を顰める。「そんな顔をなすったってようございます。ちっとも恐くはありませんわ。今にすぐにニヤニヤとお笑いなさろうと思って。昨夜あんなに晩うくお帰りなさいました癖に、」「いや、」 と謙造は片頬を撫でて、「まあ、いいか・・・ 泉鏡花 「縁結び」
・・・他人が、ちょっと眉を顰める工合を、その細君は小鼻から口元に皺を寄せる癖がある。……それまでが、そのままで、電車を待草臥れて、雨に侘しげな様子が、小鼻に寄せた皺に明白であった。 勿論、別人とは納得しながら、うっかり口に出そうな挨拶を、唇で・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・普通の人が眉を顰める所に限って喝采するから妙であります。ゾラ君なども日本へ来て寄席へでも出られたら、定めし大入を取られる事であろうと存じます。 現代文学は皆この弊に陥っているとは無論断言しませんが、いろいろな点においてこの傾向を帯びてい・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・で、ただやたらに馬の前で顔を顰めると、再び、「こりゃッ、こりゃッ。」と叫んで地を打った。 馬は槽の手蔓に口をひっ掛けながら、またその中へ顔を隠して馬草を食った。「お母ア、馬々。」「ああ、馬々。」 六「・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫