・・・我我は文明を失ったが最後、それこそ風前の灯火のように覚束ない命を守らなければならぬ。見給え。鳥はもう静かに寐入っている。羽根蒲団や枕を知らぬ鳥は! 鳥はもう静かに寝入っている。夢も我我より安らかであろう。鳥は現在にのみ生きるものである。・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・を隔てて唯だ開く川口の店背レ空鎖葛西家 を背にして空しく鎖す葛西の家紅裙翠黛人終老 紅裙翠黛 人は終に老い冷※ 路は自ずからし憔悴一般楊柳在 憔悴一般の 楊柳在りて風前猶剰旧夭斜 風前に猶お剰す旧夭・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・それにしても、彼の云ったことが事実だとすれば、栖方の生命は風前の灯火だと梶は思った。いったい、どこか一つとして危険でないところがあるだろうか。梶はそんなに反対の安全率の面から探してみた。絶えず隙間を狙う兇器の群れや、嫉視中傷の起す焔は何を謀・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫