・・・子供の時分に夢に見ていた古風な風景画の景色が到るところ眼前に拡がっていた。堀河にもやっている色々の船も、渋くはなやかに汚れた帆も、船頭のだぶだぶした服も、みんなロイスデエルやホベマ時代のヴェルニイがかっていた。 測候所で案内してくれた助・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・それだのに、洋画の方には鎧武者や平安朝風景がない。これも不思議である。 帝展には少ないが二科会などには「胃病患者の夢」を模様化したようなヒアガル系統の絵がある。あれはむしろ日本画にした方が面白そうに思われるのに、まだそういう日本画を見な・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・――そしてそうやって、いらいらしていると、たいくつな、うすよごれた熊本市街の風景も、永くはみていられなかった。「――そりゃァ理想というもんですよ、空想というもんですよ。ええ」 夜になって、高坂の工場へいって、板の間の隅で、“来り聴け・・・ 徳永直 「白い道」
・・・この溝渠には曾て月見橋とか雪見橋とか呼ばれた小さな橋が幾条もかけられていたのであるが、それ等旧時の光景は今はわずかに小林清親の風景板画に於てのみ之を見るものとなった。 池の端を描いた清親の板画は雪に埋れた枯葦の間から湖心遥に一点の花かと・・・ 永井荷風 「上野」
・・・旅への誘いは、私の疲労した心の影に、とある空地に生えた青桐みたいな、無限の退屈した風景を映像させ、どこでも同一性の法則が反覆している、人間生活への味気ない嫌厭を感じさせるばかりになった。私はもはや、どんな旅にも興味とロマンスをなくしてしまっ・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・に対しても、貧乏のために侮りをこうむることとてはなき世の風俗なりしがゆえに、学問には勉強すれども、生計の一点においてはただ飄然として日月を消する中に、政府は外国と条約を結び、貿易の道も開らけて、世間の風景、何となく文明開化の春をもよおし、洋・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
・・・木導が春風景曲第一の句なり。後代手本たるべしとて褒美に「かげろふいさむ花の糸口」という脇して送られたり。平句同前なり。歌に景曲は見様体に属すと定家卿もの給うなり。寂蓮の急雨定頼卿の宇治の網代木これ見様体の歌なり。とあり。景気といい景・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・信州地方の風景的生活的特色、東京の裏町の生活気分を、対比してそれぞれを特徴において描こうとしているところ、又、主人公おふみの生きる姿の推移をその雰囲気で掴み、そこから描き出して行こうとしているところ、なかなか努力である。カメラのつかいかたを・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・、漣のような忙しい白さで着席していく姿と、自分の横の芝生にいま寝そべって、半身を捻じ曲げたまま灯の中をさし覗いている栖方を見比べ、大厦の崩れんとするとき、人皆この一木に頼るばかりであろうかと、あたりの風景を疑った。一人の明めいせきはんだんの・・・ 横光利一 「微笑」
・・・あるいは釈迦の誕生を見まもる女の群れである。風景を描けば、そこには千の与四郎がたたずんでいる。あるいは維盛最後の悲劇的な心持ちが、山により川によって現わそうと努められている。さらに純然たる幻想の物語を、すなわち雨月物語を、画に翻訳しようとす・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫