・・・夏は炉のかわりに風炉を備えて置く事になっているが、風炉といっても、据風呂ではない。さすがに入浴の設備まではしていない。まあ、七輪の上品なものと思って居れば間違いはなかろう。風炉と釜と床の間、これに対して歎息を発し、次は炭手前の拝見である。主・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・ お絹はいつでもお茶のはいるように、瀟洒な瀬戸の風炉に火をいけて、古風な鉄瓶に湯を沸らせておいた。「こんな風炉どこにあったやろう」道太を見に来た母親は、二階へ上がると、そう言ってその風炉を眺めていた。「茶入れやお茶碗なんか、家に・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・門番で米擣をしていた爺いが己を負ぶって、お袋が系図だとか何だとかいうようなものを風炉敷に包んだのを持って、逃げ出した。落人というのだな。秩父在に昔から己の内に縁故のある大百姓がいるから、そこへ逃げて行こうというのだ。爺いの背中で、上野の焼け・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
・・・あらゆる大さ、あらゆる形の弁当が、あらゆる色の風炉鋪に包んで持ち出される。 ずらっと並んだ処を見渡すと、どれもどれも好く選んで揃えたと思う程、色の蒼い痩せこけた顔ばかりである。まだ二十を越したばかりのもある。もう五十近いのもある。しかし・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・「君が毎日出勤すると、あの門から婆あさんが風炉敷包を持って出て行くというのだ。ところが一昨日だったかと思う、その包が非常に大きいというので、妻がひどく心配していたよ。」「そうか。そう云われれば、心当がある。いつも漬物を切らすので、あ・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫