・・・つまった息を風船に入れて、青空をとびまわれ、あきらめよ、わが心とは思います。然し、ぼくはなんとか生活をかえたい。これに対するあなたの御意見をききたく思います。ぼくなんて駄目です。ぼくは東京に帰っても、とても文学だけでは食って行けない。いっそ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・たとえば大写しのヒロインの目の瞳孔の深い深い奥底からヒロイン自身が風船のように浮かび上がって出て来たり、踊り子の集団のまん中から一人ずつ空中に抜け出しては、それが弾丸のように観客のほうへけし飛んで来るようなトリックでも、芸術的価値は別問題と・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・ 五回に一回くらいは風船に旗を吊したものや、相撲や兵隊などの人形の出るのがあった。人形がゆらりゆらり御叩頭をしたり、挙げた両手をぶらぶらさせながら、緩やかに廻転しながら下りて行くのは、ちょっと滑稽な感じのするものである。それが向う河岸の・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 人玉を見たという人にその光り物の大きさを聞いてみても視角でいくらぐらいという人はきわめてまれである。風船玉ぐらいだったとか、電球の大きさだったとかいうのが普通である。言う人の心持ちではやはりだいたいその目的物の距離を無意識に仮定してい・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・てどなりつけるのではなくて、いったいどうして生徒がそういう不都合をあえてするかということに関する反省と自責を基調とする合理的な訓戒であったのだから、元来始めから悪いにきまっている生徒らは、針でさされた風船玉のように小さくなってしまった。化学・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・ 二室三室と移って行くうちに、始めの緊張した心持は孔のあいた風船玉のようにしぼみ縮んで行く。そうして時々ちょっとしたスキルラやカリブディスに遭遇しても大抵は無事に通過してしまう。最後に私の頭に残った日本画部全体の印象は、干からびた灰色の・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・たとえば人形の首が脱け落ちたり風船玉のようなものが思いがけなく破裂したり、棚のものが落ちて来たりした時のがその例である。第二にこれと密接に連関しているのは出来事に対する大きな予期が小さな実現によって裏切られた時の笑いである。ビックリ箱をあけ・・・ 寺田寅彦 「笑い」
・・・子供の手を引いて歩いてくる女連の着物の色と、子供の持っている赤い風船の色とが、冬枯した荒凉たる水田の中に著しく目立って綺麗に見える。小春の日和をよろこび法華経寺へお参りした人たちが柳橋を目あてに、右手に近く見える村の方へと帰って行くのであろ・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・百眼売つけ髭売蝶売花簪売風船売などあるいは屋台を据ゑあるいは立ちながらに売る。花見の客の雑沓狼藉は筆にも記しがたし。明治三十三年四月十五日の日曜日に向嶋にて警察官の厄介となりし者酩酊者二百五人喧嘩九十六件、内負傷者六人、違警罪一人、迷児十四・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・と、その男は風船玉の萎む時のように、張りを弛めた。「だが、何だってお前たちは、この女を素裸でこんな所に転がしとくんだい。それに又何だって見世物になんぞするんだい」と云い度かった。奴等は女の云う所に依れば、悪いんじゃないんだが、それにして・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
出典:青空文庫