・・・帰るたびに入りつけた料理屋へついて、だだっ広い石畳の入口から、庭の飛石を伝っていくと、そこに時代のついた庭に向いて、古びた部屋があった。道太は路次の前に立って、寂のついた庭を眺めていた。この町でも別にいいというほどの庭ではなかったけれど、乾・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・折角ぬらさないためにまわり道して上から来たのだ、飛石を一つこさえてやるかな。二つはそのまま使えるしもう四つだけころがせばいい、まずおれは靴をぬごう。ゴム靴によごれた青の靴下か。〔一寸待って、今渡るようにしますから。〕この石は動かせるかな・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・ 裏通りの彼の人の叔父の家へ行けばすぐわかる事だけれ共、人をやるほどの事でもなしと思って、「おととい」出したS子への手紙の返事を待つ気持になる。 飛石の様に、ぽつりぽつりと散って居る今日の気持は自分でも変に思う位、落つけない。 ・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・客間の庭には松や梅、美しい馬酔木、榧、木賊など茂って、飛石のところには羊歯が生えていた。子供の遊ぶ部屋の前には大きい半分埋まった石、その石をかくすように穂を出した薄、よく鉄砲虫退治に泥をこねたような薬をつけられていた沢山の楓、幾本もの椿、ま・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・植込まれた楓が、さびてこそおれ、その細そりした九州の楓だから座敷に坐って、蟹が這い出した飛石、苔むした根がたからずっと数多の幹々を見透す感じ、若葉のかげに一種独特な明快さに充ちている。茶室などのことを私は何も知らないが東京や京都で茶室ごのみ・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・―― 自然に対して斯う云う憧憬的な気分の時、私は殆ど一種の嫌悪を以て目の前のせせこましい庭を見る。飛び石で小さいセメントの池から木戸まで、又は沈丁花の傍らまで人工的につながれた庭。通俗的な日本式庭園の型をまねて更に一層貧弱な結果を示・・・ 宮本百合子 「素朴な庭」
・・・まだ門の閉ったままの隣家の庭がそこから見下せた。飛石に葉が散っている。門燈の光で露に濡れた小さい蜘蛛の巣が見える。四辺はしめっぽく草木の匂いが漂った。 油井が、やがて云った。「ああ、いい気持だ――みのえちゃん朝好き?」「好き」・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・灸は庭の飛び石の上を渡って泉水の鯉を見にいった。鯉は静に藻の中に隠れていた。灸はちょっと指先を水の中へつけてみた。灸の眉毛には細かい雨が溜り出した。「灸ちゃん。雨がかかるじゃないの。灸ちゃん。雨がよう。」と姉がいった。 二度目に灸が・・・ 横光利一 「赤い着物」
出典:青空文庫