・・・燃材の始末、飼料品の片づけ、為すべき仕事は無際限にあった。 人間に対する用意は、まず畳を上げて、襖障子諸財一切の始末を、先年大水の標準によって、処理し終った。並の席より尺余床を高くして置いた一室と離屋の茶室の一間とに、家族十人の者は二分・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・新潟では米を家畜の飼料にしたというが、勿体ない話だが、新潟の農民が自分の田で作った米と、私の地方の農民が、金を出して買った外米とは同一に談じられないのである。船長の細君でゝもない限り、なんとかして外米をうまく食べようという技巧がそこで工夫さ・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・そういう場合にこの飼料となる書籍がいっそう完全なる商品として大量的に生産されるのもまた自然の成りゆきと見るべきであろうか。 日本では外国の書物を手に入れるのがなかなか不便である。書店に注文すると二か月以上もかかる。そうして注文部と小売部・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・人にして物理に暗く、ただ文明の物を用いてその物の性質を知らざるは、かの馬が飼料を喰うて、その品の性質を知らず、ただその口に旨きものはこれを取りて、然らざるものはこれを捨つるに異ならず。 然りといえども、馬はなお、その物の毒性なるか良性な・・・ 福沢諭吉 「物理学の要用」
・・・それからやる前の日には、なんにも飼料をやらんでくれ。」「はあ、きっとそう致します。」 畜産の教師は鋭い目で、もう一遍じいっと豚を見てから、それから室を出て行った。 そのあとの豚の煩悶さ、豚の頭の割れそうな、ことはこの日も同じだ。・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
出典:青空文庫