・・・ この女詩人は生みの母を知らず祖父母に養育された。父は家によりつかない男であった。祖父母に生活能力がなくて、みじめな貧しさのなかで孫が働き、辛うじて糊口をつないだ。世間には男の児だとそういう境遇のめぐり合わせにおかれるものも決して一人や・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・マリアの養育のためには一スウの金も出さないのに、成長した美しい娘の上に威力をしめそうとする父。まだ美人といえる若さだのに、不幸な結婚生活のために神経質になってしばしば発作をおこす母。ロシアからパリへかえって来たと思うと、もうニイスへ行くため・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
・・・ 父才八は永禄元年出生候て、三歳にして怙を失い、母の手に養育いたされ候て人と成り候。壮年に及びて弥五右衛門景一と名告り、母の族なる播磨国の人佐野官十郎方に寄居いたしおり候。さてその縁故をもって赤松左兵衛督殿に仕え、天正九年千石を給わり候・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
出典:青空文庫