・・・紺と白茶と格子になった炬燵蒲団の上には、端唄本が二三冊ひろげられて頸に鈴をさげた小さな白猫がその側に香箱をつくっている。猫が身うごきをするたびに、頸の鈴がきこえるか、きこえぬかわからぬほどかすかな音をたてる。房さんは禿頭を柔らかな猫の毛に触・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・店先の框の日向に香箱を作って居眠りしている姿を私も時々見かける。前を通るたびには、つい店の中をのぞき込みたいような気がするのを自分でもおかしいと思う。 今でも時々家内で子猫のうわさが出る。そして猫にも免れ難い運命の順逆がいつでも問題にな・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・夜は九時から十一時前後、ホテルの黒猫は廊下のエナメル痰壺のわきに香箱をつくって種々雑多な色の靴とヤカンの行進を眺めていた。各々の足音が違うように大小恰好の違うヤカンを下げたホテルの住人が汽車から駅の湯沸所へ通うようにホテルの廊下を往来するの・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
出典:青空文庫