・・・やはり、駄菓子やおもちゃの類に、そのほか子供の好きそうなものを並べていました。あや子は、べつにそれまではなにもほしいとは思いませんでした。ただ、いろいろな店の前を過ぎて、それらをながめてきたのでありますが、いま、おばあさんの店の前にさしかか・・・ 小川未明 「海ほおずき」
・・・家の隣りは駄菓子屋だが、夏になると縁台を出して氷水や蜜豆を売ったので、町内の若い男たちの溜り場であった。安子が学校から帰って、長い袂の年頃の娘のような着物に着替え、襟首まで白粉をつけて踊りの稽古に通う時には、もう隣りの氷店には五六人の若い男・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・それでなくても老人の売っているブリキの独楽はもう田舎の駄菓子屋ででも陳腐なものにちがいなかった。堯は一度もその玩具が売れたのを見たことがなかった。「何をしに自分は来たのだ」 彼はそれが自分自身への口実の、珈琲や牛酪やパンや筆を買った・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・そして街から街へ、先に言ったような裏通りを歩いたり、駄菓子屋の前で立ち留まったり、乾物屋の乾蝦や棒鱈や湯葉を眺めたり、とうとう私は二条の方へ寺町を下り、そこの果物屋で足を留めた。ここでちょっとその果物屋を紹介したいのだが、その果物屋は私の知・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・ラムネと塩せんべいと水無飴とそのほか二三種の駄菓子をそこへ並べた。 夏近くなって山へ遊びに来る人がぼつぼつ見え初めるじぶんになると、父親は毎朝その品物を手籠へ入れて茶店迄はこんだ。スワは父親のあとからはだしでぱたぱたついて行った。父親は・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・西洋人の大きな洋館、新築の医者の構えの大きな門、駄菓子を売る古い茅葺の家、ここまで来ると、もう代々木の停留場の高い線路が見えて、新宿あたりで、ポーと電笛の鳴る音でも耳に入ると、男はその大きな体を先へのめらせて、見栄も何もかまわずに、一散に走・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・小屋のすぐ前に屋台店のようなものが出来ていて、それによごれた叺を並べ、馬の餌にするような芋の切れ端しや、砂埃に色の変った駄菓子が少しばかり、ビール罎の口のとれたのに夏菊などさしたのが一方に立ててある。店の軒には、青や赤の短冊に、歌か俳句か書・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・ 荒物屋駄菓子屋の店先に客引きの意味でかかっている写真の顔が新聞やビラの広告に頻繁に現われる。聞いてみるとそれがみんな活動俳優のいわゆるスターだそうである。幕末勇士などに扮した男優の顔はいかなる蛮族の顔よりもグロテスクで陰惨なものである・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・ 降誕祭前一週間ほど、市役所前の広場に歳の市が立って、安物のおもちゃや駄菓子などの露店が並びましたが、いつ行って見ても不景気でお客さんはあまり無いようでした。売り手のじいさんやばあさんも長い煙管を吹かしたり編み物をしているのでありました・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・日曜ごとにK市の本町通りで開かれる市にいつもきまって出現した、おもちゃや駄菓子を並べた露店、むしろの上に鶏卵や牡丹餅や虎杖やさとうきび等を並べた農婦の売店などの中に交じって蓄音機屋の店がおのずからな異彩を放っていた。 器械から出る音のエ・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
出典:青空文庫