・・・ と聞いたのであるが、聞いてしまってから、ああ、やっぱり、死ぬるところは江の島ときめていたのだな、と素直に首肯き、少し静かな心地になって、駅員の教えて呉れたとおりの汽車に乗った。 ながれ去る山山。街道。木橋。いちいち見おぼえがあったのだ・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・ 軽井沢の駅へおりた下り列車の乗客が、もうおおかたみんな改札口を出てしまったころに、不思議な格好をした四十前後の女が一人とぼとぼと階段をおりて来た。駅員の一人がバスケットをさげてあとからついて来る。よれよれに寝くたれた、しかも不つりあい・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・巡査と駅員に守られて一旦乗船したが出船間際に連れ下ろされて行った。ついさっき暴れていたとは別人のようにすごすごと下りて行った後姿が淋しかった。 札幌から大勢の警官に見送られて二十人余り背広服の壮漢が同乗したのが、船でもやはり一緒になった・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・ 十時過ぎの汽車で帰京しようとして沓掛駅で待ち合わせていたら、今浅間からおりて来たらしい学生をつかまえて駅員が爆発当時の模様を聞き取っていた。爆発当時その学生はもう小浅間のふもとまでおりていたからなんのことはなかったそうである。その時別・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・楠公へでも行くべしとて出立たんとせしがまてしばし余は名古屋にて一泊すれども岡崎氏は直行なれば手荷物はやはり別にすべしとて再び切符の切り換えを求む。駅員の不機嫌顔甚だしきも官線はやはり官線だけの権力とか云うものあるべしと、かしこみて願い奉りよ・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・すると、改札口で切符切りの駅員がきっと特別念入りにその切符を検査するようである。しかし片道切符のときはろくに注意しないでさっさと鋏を入れるように見える。どういうわけか自分にはわからない。それはとにかく、改札係は人間であるがその役目はほとんど・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・二人か三人の駅員が、眠げにカンテラをふって歩いて来た。 ――誰も出てない? ――出てない。 荷物を出す番になって赤帽がまるで少ない。みんな順ぐりだ。人気ないプラットフォームの上に立って車掌がおろした荷物の番をしている。足の先に覚・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・すると、高く駅員の声が響いた。「この電車は、南方より復員の貸切電車であります。どなたも、おのりにならないように願います」 丁度目の前でドアが開いて、七分通り満員の車内の一部が見えた。リュックをかついで、カーキの服を着て、ぼんやりした・・・ 宮本百合子 「一刻」
・・・もう一つの特色として、この駅には、プラットフォームに現れる駅員の数より遙に物売りの方が多い。その沢山の物売りが独特な発声法で、ハムやコーヒー牛乳という混成物を売り廻る後に立って、赤帽は、晴やかな太陽に赤い帽子を燦めかせたまま、まるで列車の発・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・と、改札口を去ろうとする駅員に念を押した。「出ました。この次は銚子行、七時二十分」 それは、旅行案内で藍子も見たが、乗換の工合がわるくて駄目なのだ。いっそ、次の列車で銚子まで行ってやろうか。切符を買いかけ、然しと思うと、それも余・・・ 宮本百合子 「帆」
出典:青空文庫