・・・妹が聟養子をとるとあれば、こちらは廃嫡と相場は決っているが、それで泣寝入りしろとは余りの仕打やと、梅田の家へ駆け込むなり、毎日膝詰の談判をやったところ、一向に効目がない。妻を捨て、子も捨てて好きな女と一緒に暮している身に勝目はないが、廃嫡は・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・青く芽を吹いた芝生の上のつつじの影などに足を延ばして横になっている親猫に二匹の子猫がじゃれているのを見かける事もあったが、廊下を伝って近づく人の足音を聞くと親猫が急いで縁の下に駆け込む、すると子猫もほとんど同時に姿を隠してしまう。どろぼう猫・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・ この時雪の締めて置いた戸を、廊下の方からあらあらしく開けて、茶の天鵞絨の服を着た、秀麿と同年位の男が、駆け込むように這入って来て、いきなり雪の肩を、太った赤い手で押えた。「おい、雪。若檀那の顔ばかり見ていて、取次をするのを忘れては困る・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫