・・・けれども午過には日の光が暖く、私は乳母や母上と共に縁側の日向に出て見た時、狐捜しの大騒ぎのあった時分とは、庭の様子が別世界のように変って居るのをば、不思議な程に心付いた。梅の樹、碧梧の梢が枝ばかりになり、芙蓉や萩や頭や、秋草の茂りはすっかり・・・ 永井荷風 「狐」
・・・容易などころの騒ぎじゃない。実は我と物を区別してこれを手際よく安置するために空間と時間の御堂を建立したも同然である。御堂ができるや否や待ち構えていた我々は意識を攫んでは抛げ、攫んでは抛げ、あたかも粟餅屋が餅をちぎって黄ナ粉の中へ放り込むよう・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 松戸与三は、湧きかえるような、子供たちの騒ぎを身の廻りに覚えた。 彼は手紙の終りにある住所と名前を見ながら、茶碗に注いであった酒をぐっと一息に呻った。「へべれけに酔っ払いてえなあ。そうして何もかも打ち壊して見てえなあ」と怒・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・しかし、火がついて、下からそろそろ熱くなって来ると、ようやく、これは一大事というように騒ぎはじめるのである。しかし、もう追っつかない。そういうところが、どうも自分に似たところがあるので、私はドンコが好きで、棲家をも「鈍魚庵」とした次第である・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
○長い長い話をつづめていうと、昔天竺に閼伽衛奴国という国があって、そこの王を和奴和奴王というた、この王もこの国の民も非常に犬を愛する風であったがその国に一人の男があって王の愛犬を殺すという騒ぎが起った、その罪でもってこの者は死刑に処せら・・・ 正岡子規 「犬」
・・・ それからりすは、夕方までに鈴蘭の実をたくさん集めて、大騒ぎをしてホモイのうちへ運びました。 おっかさんが、その騒ぎにびっくりして出て見て言いました。 「おや、どうしたの、りすさん」 ホモイが横から口を出して、 「おっか・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・「――騒ぎばかりひどいのじゃあないの?」「私も、おきみッ子が逃げて来てそういった時は、まさかと思いましたが、この子があなたそうっとのぞいて来て、母ちゃん、おっかねえ、本当に出刃磨いててよっていうもんだで、窓の外へ廻って見ると、ほんに・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・人が鴎外という影を捉えて騒いだ時も、その騒ぎの止んだ後も、形は故の如くで、我は故の我である。啻に故の我なるのみでは無い、予はその後も学んでいて、その進歩は破鼈の行くが如きながらも、一日を過ぎれば一日の長を得て居る。予は私に信ずる。今この陬邑・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・ 騒ぎの中に二人の塊りは腰高障子を蹴脱した。と、再びそこから高縁の上へ転がると、間もなく裸体の四つの足が、空間を蹴りつけ裏庭の赤万両の上へ落ち込んだ。葛と銀杏の小鉢が蹴り倒された。勘次は飛び起きた。そして、裏庭を突き切って墓場の方へ馳け・・・ 横光利一 「南北」
・・・ 私たちのそういう騒ぎを黙って聞いていて口を出さない船頭に、一体音のすることがあるのかと聞いてみると、わしもそんな音は聞いたことがないという。蓮の花は朝開くとは限らない。前の晩にすでに開いているのもある。夜中に開くのもある。明け方に音が・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫