・・・――年少時代の憂欝は全宇宙に対する驕慢である。 艱難汝を玉にす。――艱難汝を玉にするとすれば、日常生活に、思慮深い男は到底玉になれない筈である。 我等如何に生くべき乎。――未知の世界を少し残して置くこと。 社交 ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・『増長驕慢、尚非世俗白衣所宜。』艱難の多いのに誇る心も、やはり邪業には違いあるまい。その心さえ除いてしまえば、この粟散辺土の中にも、おれほどの苦を受けているものは、恒河沙の数より多いかも知れぬ。いや、人界に生れ出たものは、たといこの島に流さ・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・この本は目次の第何章かに「恐しい四つの敵、――疑惑、恐怖、驕慢、官能的欲望」と云う言葉を並べていた。僕はこう云う言葉を見るが早いか、一層反抗的精神の起るのを感じた。それ等の敵と呼ばれるものは少くとも僕には感受性や理智の異名に外ならなかった。・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・には、七つの恐しき罪に人間を誘う力あり、一に驕慢、二に憤怒、三に嫉妬、四に貪望、五に色欲、六に餮饕、七に懈怠、一つとして堕獄の悪趣たらざるものなし。されば DS が大慈大悲の泉源たるとうらうえにて、「じゃぼ」は一切諸悪の根本なれば、いやしく・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・私はこのホイットマンの言葉を驕慢な言葉とは思わない。この時エマソンはホイットマンに向かって恩恵の主たることを自負しうるものだろうか。ホイットマンに詩人がいなかったならば、百のエマソンがあったとしても、一人のホイットマンを創り上げることはでき・・・ 有島武郎 「想片」
・・・彼等は、いま、驕慢で、贅沢で、貧乏人を蔑んではいるが、いかなるまわり合せで、おちぶれて、空腹を感ずるような時がないとはかぎらないであろう。その時、果して、いやしい考えを起さないだろうかと。 これと同じ悲哀を、まのあたりに見るからです。曾・・・ 小川未明 「読むうちに思ったこと」
・・・私の心にもなき驕慢の擬態もまた、射手への便宜を思っての振舞いであろう。自棄の心からではない。私を葬り去ることは、すなわち、建設への一歩である。この私の誠実をさえ疑う者は、人間でない。私は、つねに、真実を語った。その結果、人々は、私を非常識と・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・手渡す事にした。手渡す驕慢の弟より、受け取る兄のほうが、数層倍苦しかったに違いない。手渡すその前夜、私は、はじめて女を抱いた。兄は、女を連れて、ひとまず田舎へ帰った。女は、始終ぼんやりしていた。ただいま無事に家に着きました、という事務的な堅・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・たとえ相手の乗客が不正行為をあえてしたという証拠らしいものがよほどまでに具備していたにしても、人の弱点を捕えて勝ち誇ったような驕慢な獰悪な態度は醜い厭な感じしか傍観している私には与えなかった。ましてそれが万一不正でなくて何かの誤謬か過失から・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・もちろん年齢にも相当の距離があったとおりに、感情も兄というよりか父といった方が適切なほど、私はこの兄にとって我儘な一箇の驕慢児であることを許されていた。そして母の生家を継ぐのが適当と認められていた私は、どうかすると、兄の後を継ぐべき運命をも・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫