・・・内陣に群がった無数の鶏は、彼等の姿がはっきりすると、今までよりは一層高らかに、何羽も鬨をつくり合った。同時に内陣の壁は、――サン・ミグエルの画を描いた壁は、霧のように夜へ呑まれてしまった。その跡には、―― 日本の Bacchanalia・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・その内に鉄冠子は、白い鬢の毛を風に吹かせて、高らかに歌を唱い出しました。朝に北海に遊び、暮には蒼梧。袖裏の青蛇、胆気粗なり。三たび岳陽に入れども、人識らず。朗吟して、飛過す洞庭湖。 四 二人を・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・男は、屏風のような岩のかげに蹲りながら、待っている間のさびしさをまぎらせるつもりで、高らかに唄を歌った。沸き返る浪の音に消されるなと、いらだたしい思いを塩からい喉にあつめて、一生懸命に歌ったのである。 それを聞いた母親は、傍にねている娘・・・ 芥川竜之介 「貉」
・・・ 悪むものは毛虫、と高らかに読上げよう、という事になる。 箇条の中に、最好、としたのがあり。「この最好というのは。」「当人が何より、いい事、嬉しい事、好な事を引くるめてちょっと金麩羅にして頬張るんだ。」 その標目の下へ、・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・ 時に――目の下の森につつまれた谷の中から、一セイして、高らかに簫の笛が雲の峯に響いた。 ……話の中に、稽古の弟子も帰ったと言った。――あの主人は、簫を吹くのであるか。……そういえば、余りと言えば見馴れない風俗だから、見た目をさえ疑・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ と高らかに冴えて、思いもつかぬ遠くの辻のあたりに聞える。 また一時、がやがやと口上があちこちにはじまるのである。 が、次第に引潮が早くなって、――やっと柵にかかった海草のように、土方の手に引摺られた古股引を、はずすまじとて、媼・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ と高らかに呼わりますると、三声とは懸けさせず、篠田は早速に下りて来て、「ああ、今帰ったのかえ、さあさあまあ上りたまえ。」 と急遽先に立ちます。小宮山は後に跟いて二階に上り、座敷に通ると、篠田が洋燈を持ったまま、入口に立停って、・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・雲はちぎれちぎれに高らかに飛んでいました。そして、日がまったく暮れてしまうのには、まだ間があったのです。 たちまち、鋭い口笛のひびきが子供の唇から起こりました。子供は、指を曲げてそれを口にあてると、息のつづくかぎり、吹きならしたのであり・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・なにか美しい花を見つけて草のしげった、細い道を下りていった、お嬢さまが、高らかにうたった歌の声だったのであります。 小川未明 「谷にうたう女」
・・・ 佐助はもはやけちくさい自己反省にとらわれることなく、空の広さものびのびと飛びながら、老いたる鴉が徒労の森の上を飛ぶ以外に聴き手のない駄洒落を、気取った声も高らかに飛ばしはじめた。「おお、五体は宙を飛んで行く、これぞ甲賀流飛行の術、・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
出典:青空文庫