・・・ 舳櫓を押せる船子は慌てず、躁がず、舞上げ、舞下る浪の呼吸を量りて、浮きつ沈みつ、秘術を尽して漕ぎたりしが、また一時暴増る風の下に、瞻るばかりの高浪立ちて、ただ一呑と屏風倒に頽れんずる凄じさに、剛気の船子もあなやと驚き、腕の力を失う隙に・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・ 茶店の裏手は遠近の山また山の山続きで、その日の静かなる海面よりも、一層かえって高波を蜿らしているようでありました。 小宮山は、快く草臥を休めましたが、何か思う処あるらしく、この茶屋の亭主を呼んで、「御亭主、少し聞きたい事がある・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ これが、二年、三年、あるいは五年に一回はきっと十数メートルの高波が襲って来るのであったら、津浪はもう天変でも地異でもなくなるであろう。 風雪というものを知らない国があったとする、年中気温が摂氏二十五度を下がる事がなかったとする。そ・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・きょう、またおどろくような迅さで、日本の人民生活と文化とが高波にさらされようとしているとき、文学を文学として守るためにも、この著者の諸評論は丈夫な足がかりを与えるものである。〔一九四八年六月〕・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・ 行けば行くほど広くなる谿は、いつの間にか、白楊や樫や、糸杉などがまるで、満潮時の大海のように繁って、その高浪の飛沫のように真白な巴旦杏の花が咲きこぼれている盆地になりました。 そして、それ等の樹々の奥に、ジュピタアでもきっと御存じ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 永井荷風によって出発したジャーナリズムは、インフレーションの高波をくぐって生存を争うけわしさから、織田作之助、舟橋聖一、田村泰次郎、井上友一郎、その他のいわゆる肉体派の文学を繁栄させはじめた。池田みち子が婦人の肉体派の作家として登場し・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
出典:青空文庫