・・・ と真四角に猪口をおくと、二つ提げの煙草入れから、吸いかけた煙管を、金の火鉢だ、遠慮なくコッツンと敲いて、「……(伊那や高遠……と言うでございます、米、この女中の名でございます、お米。」「あら、何だよ、伊作さん。」 と女中が・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・食事を基礎として居る点が、最も社会と調和し易いからである、他の品位ある多くの芸術は天才的個人的に偏して、衆と共にするということが頗る困難であるから何人にも楽むということが出来ない処がある、茶の湯は奥に高遠の理想を持って居れど、初期に常識的の・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・またこの霊魂をもって書かれた大芸術こそ、人生のための芸術であり、我等の高遠な目的に向って進むに当って、鼓舞して止まない真の芸術ではあるのです。 流石に、ラッセルは、我が国に来て講演した際に、社会進化の考察を二つの立脚点からすることを忘れ・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
・・・そこでの講義は高遠であり、私のような学識のない者は到底その講義を理解することが出来ぬだろうと真面目に信じていたのである。それ故私は卒業の日が近づいて来ると、にわかに不安になり、大学へはいるのはもう一年延ばした方がいいのではなかろうか、もう一・・・ 織田作之助 「髪」
・・・少なくとも僕の知恵は今よりも進んでいたかわりに、僕の心はヲーズヲース一巻より高遠にして清新なる詩想を受用しうることができなかっただろうと信ずる。 僕は野山を駆け暮らして、わが幸福なる七年を送った。叔父の家は丘のふもとにあり、近郊には樹林・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・すべての眺望が高遠、壮大で、かつ優美である。 一同は寒気を防ぐために盛んに焼火をして猟師を待っているとしばらくしてなの字浦の方からたくましい猟犬が十頭ばかり現われてその後に引き続いて六人の猟師が異様な衣裳で登って来る、これこそほんとの山・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・ 従って魔法を分類したならば、哲学くさい幽玄高遠なものから、手づまのような卑小浅陋なものまで、何程の種類と段階とがあるか知れない。 で、世界の魔法について語ったら、一月や二月で尽きるわけのものではない。例えば魔法の中で最も小さな一部・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・いわんや、その性善にして、その志向するところ甚だ高遠なるわが黄村先生に於いてをやである。黄村先生とは、もとこれ市井の隠にして、時たま大いなる失敗を演じ、そもそも黄村とは大損の意かと疑わしむるほどの人物であるけれども、そのへまな言動が、必ずわ・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・何ぜなら、もしも然るがように新時代の意義が生活の感覚化にありとするならば、いかなるものと雖もそれらの人々のより高きを望む悟性に信頼し、より高遠な、より健康な生活への批判と創造とをそれらの人々に強いるべきが、新しき生活の創造へわれわれを展開さ・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫