・・・ けれども、自分を魅するものはひとり大川の水の響きばかりではない。自分にとっては、この川の水の光がほとんど、どこにも見いだしがたい、なめらかさと暖かさとを持っているように思われるのである。 海の水は、たとえば碧玉の色のようにあま・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・彼等の経験と知識とが調和して、その上に築かれた美しい空想の世界でなければ、真に魅することはできないのであります。 すべての空想が、その華麗な花と咲くためには、豊饒の現実を温床としなければならぬごとく、現実に発生しない童話は、すでに生気を・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・その何だか違う感じが小さい子の感情を限りなく魅する。ちょっぴりこわいようでもある。珍しいものはいつだって少しはこわいところもある。――それを子供はよく知っている。その感じを更に強め享楽するために、私は机だの小屏風だのを持ち出して、薄暗い隅に・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・ アインシュタインは、世界に卓越した現世紀の大科学者の一人であり、慰みに弾くヴァイオリンは聴く人の心を魅するそうだが、何年か前書いた感想の中に、忘られない文句があった。この科学者は「私は婦人が高度な知能活動に適するとは思わない」という意・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・これが、ロダンの芸術を益々ふかく理解させるばかりか、後進のものに彫刻のみならず、芸術というものの本質をわからせるに役立ち、文学や音楽の仕事にたずさわるものをも魅する珠玉に輝いているのは何故だろう。ロダンはそこで、自分の苦心努力ぶりを語っては・・・ 宮本百合子 「「青眉抄」について」
・・・同じ夜のモスクワ放送は、ソヴェト同盟の第三十二周年革命記念の前夜祭で建設を語る演説と心を魅する音楽を送りだしました。その夜に、わたしたち日本の八千五百万の人口は、次の戦争に利用することができるといっている人のあることを知りました。 ・・・ 宮本百合子 「宋慶齢への手紙」
・・・この祖母は、八つか九つでボロ拾いをしているゴーリキイに、或る晩持ち前の魅するような話しぶりで云った。「お前にはまだ分らないがな、結婚というものがどういうものか、婚礼というのがどんなことか。ただこれは恐ろしい不幸だよ、娘っ子が婚礼をしない・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
出典:青空文庫