・・・ おれは変にうれしくなってしまい、「日本一の霊灸! 人ダスケ! どんな病気もなおして見せる。▽▽旅館へ来タレ」とチラシの字にも力がこもった。チラシが出来上がると、お前はそれを持ってまわり、村のあちこちに貼りつけた。そして散髪屋、雑貨屋、・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・の遺言と心得候て必ず必ず女々しき挙動あるべからず候なお細々のことは嫂かき添え申すべく候右認め候て後母様の仰せにて仏壇に燈ささげ候えば私が手に扶けられて母様は床の上にすわりたまいこの遺言父の霊にも告げてはと読み上げたもう御声悲しく・・・ 国木田独歩 「遺言」
一人の男と一人の女とが夫婦になるということは、人間という、文化があり、精神があり、その上に霊を持った生きものの一つの習わしであるから、それは二つの方面から見ねばならぬのではあるまいか。 すなわち一つは宇宙の生命の法則の・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・僕は、若し、いつか親爺が死んだら、子として、親爺の霊を弔わなければならない。子として、親爺の葬儀をしなければならない。その時にでも、スパイは、小うるさく、僕の背後につき纒って、墓場にまでやって来るだろう。 西山も、帰るとスパイにつき・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・火のはたらきは神秘霊奇だ。その火のはたらきをくぐって僕等の芸術は出来る。それを何ということだ。鋳金の工作過程を実地にご覧に入れ、そして最後には出来上ったものを美術として美術学校から献上するという。そううまく行くべきものだか、どうだか。むかし・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ 黄村先生があのように老いの胸の内を焼きこがして恋いしたっていた日本一の、いや世界一の魔物、いや魔物ではない、もったいない話だ、霊物が、思わざりき、湯村の見世物になっているとは、それこそ夢に夢みるような話だ。誰もこの霊物の真価を知るまい。こ・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・その習慣が長く続くと、生理的に、ある方面がロストしてしまって、肉と霊とがしっくり合わんそうだ」 「ばかな……」 と笑ったものがある。 「だッて、子供ができるじゃないか」 と誰かが言った。 「それは子供はできるさ……」と前・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・日本魂を腐蝕する毒素の代りにそれを現代に活かす霊液でも、捜せばこの智恵の泉の底から湧き出すかもしれない。 電車で逢った老子はうららかであった。電車の窓越しに人の頸筋を撫でる小春の日光のようにうららかであったのである。 ・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・況ヤ此ノ盛都紅塵ノ中ニ在ツテ此ノ秀霊ノ境ヲ具フ。所謂錦上更ニ花ヲ加ル者、蓋亦絶テ無クシテ僅ニ有ル者ナリ。近歳官此ノ山水ノ一区ヲ修メ以テ公園トナス。囿方数里。車馬ノ者モ往キ、杖履ノ者モ往ク。民偕ニ之ヲ楽ンデ其大ナルヲ知ラズ。京中都人士ガ行楽ノ・・・ 永井荷風 「上野」
・・・我という個霊の消え失せて、求むれども遂に得がたきを、驚きて迷いて、果ては情なくてかくは乱るるなり。我を司どるものの我にはあらで、先に見し人の姿なるを奇しく、怪しく、悲しく念じ煩うなり。いつの間に我はランスロットと変りて常の心はいずこへか喪え・・・ 夏目漱石 「薤露行」
出典:青空文庫