・・・ が、鴎外は非麦飯主義で、消化がイイという事は衛養分が少ないという事だという理由から固く米飯説を主張し、米の営養は肉以上だといっていた。 或る時、その頃私は痩せていたので、ドウしたら肥るだろうと訊くと、「それは容易い事だ。毎日一・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・』『アハハハハハ麦飯を食わして共稼ぎをすればよかろう、何もごちそうをして天神様のお馬じゃアあるまいし大事に飼って置くこともない。』『吉さんはきっとおかみさんを大事にするよ』と、女は女だけの鑑定をしてお常正直なるところを言えばお絹も同・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ そこには、中隊で食い残した麦飯が入っていた。パンの切れが放りこまれてあった。その上から、味噌汁の残りをぶちかけてあった。 子供達は、喜び、うめき声を出したりしながら、互いに手をかきむしり合って、携えて来た琺瑯引きの洗面器へ残飯をか・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・──いつも家へ着くのは晩だが、その翌朝、先ず第一に驚くことは、朝起きるのが早いことである。五時頃、まだ戸外は暗いのに、もう起きている。幼い妹なども起される。──麦飯の温いやつが出来ているのだ。僕も皆について起きる。そうすると、日の長いこと。・・・ 黒島伝治 「小豆島」
・・・それはブルジョア文学としては当然であるが、彼等が、一杯の麦飯にも困難する農民、そして彼等が常食とする米を作りだしている農民と、彼等の文学が何等の関係をも持たなかった。そして、彼等の文学は、手の白い、労働しない少数の者にさゝげられた文学であっ・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・働いて、麦飯をがつ/\食うことだけに産れて来たような親爺とおふくろから、トシエをかばった。彼女の腰は広くなった。なめらかで、やわらかい頬の肉は、いくらか赭味を帯びて来た。そして唇が荒れ出した。腹では胎児がむく/\と内部から皮を突っぱっていた・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・霰の降るような日にでも山で働いていると汗が出た。麦飯の弁当がこの上なくうまかった。 槽を使うのは、醤油屋の仕事に慣れた髯面の古江という男がやった。京一は、いつも桃桶で諸味を汲む役をやらせられた。桃桶を使うのは、一番容易な、子供にでもやれ・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・天狗の麦飯だの、餓鬼の麦飯だのといって、この山のみではない諸処にある。浅間山観測所附近にもある。北海道にもある、支那にもあるから太平広記に出ている。これは元来が動物質だから食えるものである。で、飯綱は仮名ちがいの擬字で、これがあるからの飯沙・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・「それは醗酵し易い麦飯を食って、運動が不足だからですよ。」 と、このお抱え医者は事もなげに云って、それでも笑った。 そのことがあってから、俺は屁の事について考えた。此処にいると、どんなに些細なことに対しても、二日も三日もとッくり・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・敵の捨てて遁げた汚い洋館の板敷き、八畳くらいの室に、病兵、負傷兵が十五人、衰頽と不潔と叫喚と重苦しい空気と、それにすさまじい蠅の群集、よく二十日も辛抱していた。麦飯の粥に少しばかりの食塩、よくあれでも飢餓を凌いだ。かれは病院の背後の便所を思・・・ 田山花袋 「一兵卒」
出典:青空文庫