・・・第三紀の泥岩で、どうせ昔の沼の岸ですから、何か哺乳類の足痕のあることもいかにもありそうなことだけれども、教室でだって手獣の足痕の図まで黒板に書いたのだし、どうせそれが頭にあるから壺穴までそんな工合に見えたんだと思いながら、あんまり気乗りもせ・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・ 赤毛の子どもはいっこうこわがるふうもなくやっぱりちゃんとすわって、じっと黒板を見ています。すると六年生の一郎が来ました。一郎はまるでおとなのようにゆっくり大またにやってきて、みんなを見て、「何した。」とききました。 みんなはは・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
一、午后の授業「ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊した大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のよ・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・もちろん教壇のうしろの茨の壁には黒板もかかり、先生の前にはテーブルがあり、生徒はみなで十五人ばかり、きちんと白い机にこしかけて、講義をきいて居りました。私がすっかり入って立ったとき、先生は教壇を下りて私たちに礼をしました。それから教壇にのぼ・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・向うには大きな崖のくらいある黒板がつるしてあって、せの高さ百尺あまりのさっきの先生のばけものが、講義をやって居りました。「それでその、もしも塩素が赤い色のものならば、これは最も明らかな不合理である。黄色でなくてはならん。して見ると黄色と・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・そこでキッコはその鉛筆を出して先生の黒板に書いた問題をごそごその藁紙の運算帳に書き取りました。48×62= 「みなさん一けた目のからさきにかけて。」と先生が云いました。「一けた目からだ。」とキッコが思ったときでした。不思議なことは鉛・・・ 宮沢賢治 「みじかい木ぺん」
・・・暫くして今度は自分が高等によび出され、正面に黒板のある警官教室みたいなところを通りがかると、沢山並んでいる床几の一つに娘さんがうなだれて浅く腰かけ、わきに大島の折目だった着物を着た小商人風の父親が落着かなげにそっぽを向きながらよそ行きらしく・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 先生の教授ぶりは、熱があり、インテレクチュアルで、真摯なものであった。 黒板に何か書いたチョークを、両手の指先に持ち、眉間に一つ大きな黒子のある、表情の重味ある顔を、心持右か左に傾けながら、何方かと云うと速口な、然し聞とり易い落付・・・ 宮本百合子 「弟子の心」
・・・前の方に坐っていて、黒板の前に呼び出されては大変だと思って、いつも後の窓際に小さくなって控えているけれども、国語の時となると、気ものうのうとし、楽しく、先生と睨み合うように意気込んで、二時間をすますのである。子供の自信や、無力でしょげた感じ・・・ 宮本百合子 「入学試験前後」
・・・その運動場は、トタン塀にかこまれていて、黒板塀の方に桜の樹が並んでいた。その樹の下の地面には毛虫の落す黒い丸い粒があった。教員室と裁縫室の窓はこの運動場に面していて、当番のとき水のみ場のわきにある小さい池の掃除を、いいこころもちで高い声で唱・・・ 宮本百合子 「藤棚」
出典:青空文庫